神無月様へ「剣士たるもの常に相手の裏の裏を見よ」
「よぉ坊ちゃん。今日も手合わせやっとく?」

シェイドがこの屋敷に来て一週間。
ほぼ毎朝、こう言って僕の部屋に来るのが、アイツの日課となっていた。

「…当たり前だ。すぐに行くから先に庭に行っていろ」
「またまたー。そういう偉そうな言動は、一度でも俺に勝ってからにしろって」

そして、何かしらおちょくってくるシェイドに、何かしら物を投げ付けて追い出すのも、もはや僕の日課となっていた。

『毎朝ご苦労様です』
「全くだ。僕がアイツに勝てないのは、絶対にこのせいだ…。分かっていて疲れさせてるんじゃないのか?」

負け惜しみとわかっていて、そう呟く。

『今の坊ちゃんじゃ、ちょっとやそっとじゃシェイドには勝てませんよ。……あの頃の僕だって、全然歯が立たなかったもんなぁ……』
「何だ?」
『い、いえ、別に……』

その呟きを特に気にとめる事もなく、机の上のシャルを取って、シェイドを追って部屋を出て行った。

「おっせぇよ。とっととやんねぇとメシの時間になっちまうだろ?」

遠目にそんな呑気な姿が見え、毎回こんな奴に負けているのかと思うと、何だか無性にハラが立って、


ヒュッ―――ガキィンッ!!


十数歩離れた所から一気に駆け出し、抜き身のシャルを振り下ろす。
だが、それはシェイドが片手で構えた剣で軽々と受けられてしまった。

「速さはまぁまぁ。だけど、やっぱ軽いなぁ」

一旦後ろに跳んで距離を置き、再び剣撃を仕掛ける。

「下段からの振り上げを流した俺にそのまま剣を横なぎするけど弾かれて少し後ろに下がったら真っ直ぐに突きを繰り出し俺からの次の攻撃は大きめの動作でかわしてその勢いを殺さないまま斜め左下からの斬り上げっ!」
「人の動作をいちいち声に出すんじゃないッ!!」
「いやー、だって坊ちゃんってば次の行動見え見えだし?……おっと上段からの振り下ろし」
「というか、ノンブレスで言い切ったお前は本当に人間か?………フッ、疑問に思った僕が馬鹿だったな。コイツは人類の規格外だった」
「ウルセェよ。……そして攻撃を左に躱して力を流すと…」

僕の行動を全部正確に先読みしているこの細身で女顔でそのくせ僕より背が高いコイツに無性にイライラして(途中コンプレックス入ってますよ)、少し焦ったのが失敗だった。

「………ッ!?」

一瞬の内に姿が消えたと思ったら、背後から足払いをかけられ、態勢を崩される前に身をひねろうとするが、

「はい、ゲームセット」

倒れ込んだ僕の首筋に、剣の切っ先が当てられていた。

『また負けちゃいまし…「うるさい」

こうも毎回余裕で勝たれると腹が立つ…。

「お前、いつものことながら甘いんだって。何の為に訓練で真剣使ってると思ってんだよ」

いつもならここでお互いに剣を納めて屋敷に戻るのだが、今日はなぜかシェイドが引く様子を見せない。

「マジな戦いと同じようにやってんだから、剣術だけじゃなくてもいいじゃん。ただの手合わせだと思って、手抜いてるのか?それこそ、体術、話術、……晶術だって、使えるモンは何でも使わねぇと、実戦なら死ぬだけだろ」

そう言ってニヤッと笑ったシェイドに、そこまで言うならやってやろうじゃないかと、気付かれないように小声で詠唱を始める。

「…『グレイブ』ッ!!」

シェイドの真下から岩槍が突き出るが、アクロバティックな動きで軽々とそれを躱されてしまう。

「その調子♪」
「黙れっ!大体お前はどこの大道芸人だ!!」
『後方宙返りから一気に木の上まで跳びましたね…』
「坊ちゃんも身軽なんだから、やろうと思えばできるって。あと、俺の場合は大道芸人じゃなくってお前と二人でお笑いコンビ☆一緒にイバラの道を歩むって約束しただろ?」
「…『ストーンブラスト』!できるかそんな軽業師みたいなマネが!それと、勝手にしてもいない約束を捏造するんじゃないッ!!」

飛んで来る石つぶてを、やはり軽々と避けたシェイドは、落下の勢いもそのままに剣を振り下ろす。

「くらえよ、岩斬滅砕陣ッ!!」
「……ぐっ……!!」

何とか受け止めるものの、シェイドの攻撃は重い。
認めたくはないが、常々僕の攻撃が軽いと言われる理由がよく分かる。

「爆砕斬、岩砕襲撃!まだまだ、崩襲…地顎陣ッ!!」
「……ッ!!おいっ!剣の使い方が乱暴すぎるだろう!!」

飛んで来る石つぶてを何とか避けながら、地面を抉るように振り回すやり方に、ついつい声を荒げてしまう。

「あー、そろそろ買い替え時だと思ってたからいいんだよ。……ってか、さすがに剣じゃやりにくいなぁ、今の」
『どっちかっていうと、もっと重い剣でやった方がいいんじゃない?シェイドが普段使うのは刀身細めのが多いし』
「うん、今の斧技だから、やっぱ威力落ちるわ」
「……『ストーンウォール』!!」

シェイドが気を逸らしている今ならイケると思い、一気に晶術を発動させる。
シェイドの立っていた場所に巨大な岩盤が現われ、高く積もっていく。

「やっ、たか……?」

晶力が消え、積み上がっていた岩が少しずつ消えていく。
やり過ぎたか?と、多少心配になって見つめていると、

「甘いな、坊ちゃん。糖質50%オフの微糖コーヒー並に甘い!」
『それ、甘いのか甘くないのかビミョーですね……』

背後から、ぴたりと首筋に剣をあてられた。

「……いつの間に動いたんだ…?気付かれてはいないと思っていたが……」
「晶術が発動する気配くらい、すぐに掴めるさ。ま、もうちょっと詠唱速かったら、さすがにちょっとはヤバかったかもしんねぇけど」

はぁ、と一つ溜め息をつき、悔しいが降参を示すためにシャルを手から離す。
すると、首筋にあてられていた剣もすぐに引っ込められた。

「まぁ、そんな落ち込むなよ少年?お前まだまだ伸びそうだしな。っつーワケで、今日は終了。メシにしようぜ」

拾い上げたシャルを僕に渡して、いつもどおりに屋敷へと足を向けるシェイド。

「………?」

だが、手合わせの終わった庭を見て、ふと違和感を感じた。
……今日はえらく戦闘跡の残る戦いだった気がする。普段なら、庭がここまで抉れるような戦い方はしないはずだが……。

「……おい、シェイド」
「ん、何だ?」
「今日はいつもと違う戦い方じゃなかったか?力技が多かったというか……」

厳密には、地面を掘り返すような技が多かったというか……。

「あー、実はこの間シャル借りた時に、ここで庭師さんと偶然にも運命的な出会いを果たしてさ」
「………は?」
『運命はともかくとして、たまたま庭師の方を見掛けたんですよね』

……これはシェイドの説明よりも、シャルの通訳を通して聞いた方が懸命だな。

「でさ、この庭殺風景だよなって事で意気投合して、スゲェ話盛り上がって」
『物凄い勢いで一方的に喋るシェイドにたじろいでたという表現が正しかったですけど』
「新しい花植えましょうかって事になって、俺が手伝う約束したんだよ」

……何となくこの続きを聞くまでもなく、理由がわかった気がする。

「……つまり、今日のお前は、手合わせと称して庭の土を掘り返すのに僕を引っ張り出した訳だな…?」
「いやぁ、シャルが使える晶術って地属性じゃん?これは便利かもなぁって思って………ッ!!」

言い切る前に、手渡されたシャルを思い切り振り下ろす。
頭を目掛けて。かなり本気で。

「ちょ……危ねえよ!寸分の狂いもなかったぞ今の。ちょっとはためらえよ!」

「狙ったからな。かなり本気で。……今更だがとりあえず言っておこう」

すうっと息を大きく吸い込んで、


「人の晶術を土の掘り返しに使うんじゃない!!」


もう習慣となりつつある怒鳴り声を、目の前の飄々とした男に向かって浴びせかけた。
コイツと出会って一週間。
確実に僕は肺活量が増えたと思うし、これからも増え続けるだろうと思う。

「えー、いいじゃん。別に減るもんじゃねぇし」
『いえ、確実に減りますよ?坊ちゃんの体力と精神力が……』

こうして朝から、シェイドとの手合わせがもう一回始まる事となった。



余談だが、後日その掘り返された場所には、色とりどりの花が植えられ、それを見る度に心が癒されるどころか、ますますイライラする日々を送る事となった。






大変遅くなりましたっ!!
そのワリに駄文で申し訳ありません…orz




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