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▼丸井 『なんて顔してんだ』


ブン太と私が恋人なんて、そんな陳腐な関係じゃないことはお互い了解して、こんなことを続けているのに、どうしてこんな切ないんだろうか。


感情なんて快楽さえ得られればそれで十分で持ち合わせていなかった。いや、持ってはいけなかったのだ。

 それなのに、好きだとか愛しいとか思う私は、安っぽくて流されやすい馬鹿な女みたいで、本当に嫌気がさすのに、どうしてこの感情を止めることができないのか。

情事後、息を整えようとしている私にブン太は心配そうな顔をして、なんかあった?と聞きながら、優しく私の髪を梳く。


そんなブン太の優しい行為に、私は胸が切なくなって、切なすぎてバラバラになってしまいそうだった。

私が私じゃなくなる。

別にこんな関係をやっているのは、この男だけではないのに、夢中になってしまったのだ。何故かは分からないけれども。

「…っ、気安く触んないで。」
「わりぃ。そう怒んなよぃ。」

そう言ってウィンクを決める彼を瞼の裏に焼き付けてから、私は彼に別れをつげた。
丸井の答えを聞く前に、私は立ち上がり、下に転がっている下着を拾うと、一度も振り向かずに出ていった。

それから二、三日経ったけど、なにも変化はない。当然か、もともと私達は情事の時以外は他人なのだ。ここでせめて、学年さえ違うかったら、会う機会も少くなり、いつか丸井を忘れることができたのに。

私はこれ以上、丸井に溺れていく自分が嫌で嫌で、結局は自分を保身した。

それなのに、心にぽっかり穴があいてしまったような気持ちになるのは…、随分身勝手だ。

廊下で丸井が私の横を通り過ぎる時、胸がドキドキしてくるけど、私は無表情を装った。まるで丸井なんて男、最初から知らなかったかのように、なにも見なかったかのように。


彼が近付く、一定のリズムで。

5


4



3



2



1



スッと私達は重なって、また離れていく。これでいい、これがいいのだ。

そう思った瞬間。誰かに手を掴まれて後ろにぐんっと引っ張られた。
あまりに突然のことだったから、思わず声がもれる。視界が真っ暗になる前に、一瞬目に入ったのは、『あか』。

「なんて顔してんだよぃ。」


見上げれば、困ったように笑うブン太がいて。ああ、どうやら彼も私と一緒だったみたい。だってね、ブン太の心臓もバクバクいってたから。

恋なんてしないと思った時から私は誰かに愛されたかったのだ。







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