キューピットのお導き
学校から駅までってこんなに遠かったろうか。
カレンの話を受け流しながら振り向くと、直ぐ後ろにスザクとシャーリーが並んで歩いていて。
一方的に喋るシャーリーにスザクは、うん、あぁ、と相槌を打つだけの他愛ない会話をしていただけなのに。
それだけの事が、イライラして仕方なくて、歯痒かった。
一分一秒でも早く、スザクを私の隣に取り返したい。
膨れっ面をしながら画策する私に気付いたカレンが顔を覗きこんでくる。
「ルルちゃん、どうしたの?」
「わ…忘れてた!」
「え?」
打って付けの口実を思いついて、唐突にスザクの腕に腕を絡め、ポカンとするカレンとシャーリーに向かって苦笑いを向けた。
「すまない…今日、スーパーで3時からさんまがタイムサービスで88円だった。急いで帰らないと売り切れる」
「さ、さんま?」
状況を飲み込めず、カレンとシャーリーは不思議な顔をしていたが、スザクは頷く。
「じゃあ走って一本早い電車に乗らきゃ。ごめんね、シャーリーまた明日…!」
「えっ」
「じゃあ!」
まだ理解できていないカレンとシャーリーを残して、スザクは何度も頭を下げ私の手をひいて、駅に向かって走り出した。
学校帰りスーパーで買い物なんて、シャーリーにもカレンにもピンと来ないんだろう。
でも、母親のいないウチでは日常で。
特売日だって厳重にチラシでチェックする。
親を亡くした私とスザクは、遺してくれた貯えを切り崩して生活をしている。
少しでも安い買い物を心掛けるのは当然だ。
後は、義父に代わり親族が継いだ家業である神社の行事の手伝いを時々して臨時収入を得て、贅沢は出来ないがそれなりには暮らせていた。
それも私の節約テクニックがあって成立してると言い切れる。
ただ今回のサンマは単に思いつきだが。
「よかった。電車、間に合ったね」
「ああ…」
電車に揺られながら、乱れる息を調える。
「大丈夫?ルルーシュ」
「…大丈夫…だ…」
スザクは平然としていて、息切れでグタグタになってる私を気遣ってくれた。
「スーパーに着くの、3時ちょっと過ぎちゃいそうだけど、サンマ、売り切れてないといいね」
「…ああ…」
目的の90%はカレンとシャーリーから離れるための言い訳だ。
胸が少し痛むのは、良心の呵責というヤツだろうか。
「…シャーリーとカレンには、明日、ちゃんと学校で謝らないとな」
「もう謝ったからいいじゃない。気にする事ないよ。ウチにはウチの事情があるんだから…」
…私の事情が殆んどで
ウチの事情は
たった10%だという事実は
伏せておこう。
電車を下り、足早にスーパーに急ぐ。
入店するとすぐ、鮮魚のコーナーの人だかりが出来てるのが見えた。
買い物カゴを持ち、ひしめき合う主婦たちの隙間からトングでさんまを挟んでビニール袋に入れて、早々に場を離れる。
「さんま、無事確保だ。…あれ?」
さっきまで隣にいたスザクがいない。
キョロキョロ探していると、白いレジ袋を持ち会計コーナーからニコニコしながらこっちへ歩いて来た。
さんまの入った買い物カゴを覗いて、スザクは目を丸くする。
「さんま、4匹も買うの?ルルーシュ」
「冷凍できるものは安価の時にまとめて買っておいた方が得だろう?」
「成程…!」
スザクは感心して、何度も頷いている。
大袈裟だな。
「それよりスザク、何買ってきたんだ?」
「ふふ、あまおう」
「苺!?」
「ルルーシュ、好きだろう?」
小遣いなんて
月5千円しか渡してないのに…!
「…スザク、少ない小遣いなんだから、ちゃんと自分の欲しいものを買え」
「だってルルーシュ、夕飯とか僕の好物のメニューばっかり優先して、自分の好物や欲しいもの全然買わないんだもの」
「私は、スザクの笑顔が見れればそれでいいんだ」
「僕もルルーシュの笑顔がみたいよ」
「スザク…」
苺も嬉しいけど、スザクのくれた思い遣りがもっと嬉しくて胸にキュンと甘酸っぱい想いがこみあげてきた。
もう、どうしてお前はそうなんだ…!
公衆の面前で抱きつかれたいのか…!!
「…ありがとう」
「冷やして風呂あがりに一緒に食べようね…!」
「うん」
スーパーをでて、並んで歩く。
道にのびる二つの影。
ありふれたスザクとの日常
とても、幸せだ…
もっと ずっと
傍にいさせて
私、頑張るから
それだけじゃダメ?
…妹だから
だけど、私は――…
*
「ルルーシュ」
夕飯を済ませ、食器を台所に運んで片付けを始めた途端スザクに呼ばれ、振り向くと手招きしている。
手には白い封筒を持っていて、何だか視線を泳がせソワソワして落ち着かない。
おかしなヤツだ。
手についた泡を洗い流し、エプロンでふきながらスザクの元へと近づいていった。
「ルルーシュさ…好きな人とかいるの?」
「…!」
いきなりの予想外の質問に私の心拍数は跳ね上がる。
「…内緒」
「内緒?」
スザクが好きだ
…なんて 言える筈もない。
「スザクは?」
「えっと…その…僕も内緒」
「なんなんだよ」
ため息をつくと、スザクは困り顔で頬を掻く。
忙しいから用があるなら早く済まして欲しいんだが。
「好きな人がいるなら、渡さないでいようかと…実は手紙を預かってて」
「手紙…?」
「うん……その…ラブレターなんだ」
「スザクから私に?」
「ち、違っ…、」
「…――冗談だ」
笑いながら、スザクからラブレターを受取り封を切る。
本当は、
「‥‥‥‥ほぅ」
――泣きそうだった。
「…何て書いてあるの?」
「‥‥‥‥」
手紙の相手はカレン。
好きだから、付き合って欲しい、と短い告白の後、メールアドレスが添えられていた。
「…内容なんて、ある程度想像つくだろ」
「それは――…うん…」
カレンのラブレターをスザクが私に渡すって事は、カレンの事を応援してるって事で、
「…今は、誰かと付き合おうって心境じゃない。けど…ゆっくり真剣に考える」
「……うん、わかった」
――スザクの望み通りに。
「……ありがとう、ス…お兄ちゃん」
なぜ神は、こんなにも残酷なのだろう
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