素直じゃない僕らのお近づき方法
「今日はこれでかいさ〜ん。」
じゃ、と言う声と共に、煙の向こうへ消えるカカシ。
少しして、姿が見えないことが確認できると直ぐ様サクラを誘って帰ろうとするナルト。
しかしまた今日もあっさりフラれ、オレに理不尽な言い掛かりをつけてきて、そのうち、分が悪くなるとそっぽを向いて帰っていく。
オレは、今日も、その背中が見えなくなるまで見届ける。
「また、お見送り?」
素直になれば良いのに、と言うサクラの言葉が少し胸に痛いのも、また、いつものことだった。
*
「はい、これで今日はおしまい。」
じゃ。
いつものカカシなら、そう言ってすぐに消えるはずなのに、今日に限っては眉を潜ませて、「うーん。」と何か考えている。
原因はわかっている。少し離れたところに座り込んでいるウスラトンカチだ。
大した任務でもないくせに、無駄に張り切って、足を挫いてしまっていたのだ。
ここまでは、応急手当てでなんとか自力で来ていたのだが、悪化したらしい。本人いわく、「こんな怪我すぐに治るってばよ!」らしいが……担当上忍としては監督不行き届きだろうな。だから、
「…さっさと病院に連れてけば良いだろ。」
いまだ考えてるんだかそうじゃないんだか分からないカカシを、思わずせっつくと、
「じゃ、ヨロシク。」
報告書提出しなきゃだからさ、と金だけオレに預けるとお釣りは返してねと言って消えてしまった。
おい、待てと言うオレの声が虚しく響くと、
「ゴメンッ。今日どうしてもかえらなきゃいけないの。」
とサクラも駆け足で帰ってしまった。
取り残されたオレとコイツは、とても会話ができる関係じゃない。痛い沈黙が続く。
オレはふざけるのも大概にしろと心の中で罵る。コイツとオレが上手くいかないのは2人とも良く知っているはずだ。それなのに、「ヨロシク」?「ゴメン」?謝って済む問題ではない。
かと言って、負傷してやっとのことで帰ってきたヤツをこのまま見捨てるわけにもいかない。
どうすればと葛藤するあまりに、生じた長い沈黙に堪えきれなくなったナルトは言葉を発する。
「あー、サスケはもう帰っていいってばよ。ここからなら病院くらい一人で行けるし……。」
「これだからウスラトンカチは……。」
そう言って、ハァとため息をつく。すると、
「なっ、バカにすんじゃねぇってば!」
「バカはそっちだろ。そんな足で…一人で歩けるわけねぇだろ。」
「それがバカにしてるって言うんだってばよ!」
そう言ってナルトはなんでもない風にズンズン歩き出し、あっという間に見えなくなってしまった。
反発が反発を呼んだ結果がこれだ。でも、ホラ、全然なんてことないじゃないか。オレなんかが手を出さなくてもアイツなんてほっときゃどうにかなる。誰かの助けなんいらない。これで一緒に行かなくて済む。良かった。なんの問題も、ない。
そう思って踵を返す。返す。返せばいいのに、なんなんだこの気持ち。帰路に着いてなんの問題もないはずなのに、なんだ、この釈然としないモヤモヤとした感じは……!
「チクショウ。」
思わず声が漏れた。
*
「チクショー!」
形振り構わず叫んででやった。
サスケのヤツバカにしやがって。本当に腹が立つ。
このくらいの怪我、なんてことない。なんて言ったものの、本当は痛くて痛くて仕方ない。手当てをした部分は今や赤黒く変色していて、見るに耐えない。歩くのだってやっとだと言うのに。
けれど、仕方ないだろう?アイツに支えてもらうだなんて、それこそ耐えられない。
先生がいなくなると、サクラちゃんもすぐに帰っちゃうし。かと言って、サスケになんかに頼れない。オレがサスケと一緒にいられるわけないだろう?
サスケはやっぱり何も喋らないし、かと言ってこのままいてもオレの足が治るわけでもない。だから言ってやったんだ、「一人で行く」って。
それにサスケだっていかにも煩わしそうにて、ぜってーバカにしてた。この程度で怪我なんてしてんなよ。周りに迷惑かけんじゃねぇよ。ドベが。って。
嫌だって言うなら、最初からそうハッキリ言えばいい。言えばいいのに、言ってくれれば良かったのに、なんだ、あの空気は。なんだ、あの微妙な雰囲気は。
アイツ、引き留めやがって。
一体全体どうしたいんだ。わけがわからなくて本当に腹が立つ。
思わず反発しちまったけど、どうしたらいいかわからなかった。
無理やり歩いたせいか、足が痺れてきて段々感覚がなくなってきている。おまけに、怪我をしてない足に体重を掛けまくってるせいか、そっちまで痛くなってきた。その時、
「イーヤーだー!」
通りすがりの親子連れに歩みが止まった。
*
駄々を捏ねてもう歩きたくないとしゃがみ込んでいる子どもに、荷物を抱え困る父母らしき人物。
泣いて喚いて、何をどうしても動こうとしない我が子に、仕方ないなと言って父親は母親の荷物を引き取って抱いて帰ろうと言った。そうした父の態度に半ば諦めたようにして、しかし、愛しい我が子を大切に抱く母の両手。
すがる手も素直で。
彼らは笑いながら去って行った。
*
そんなの、我が儘だってばよ。
頼る親も、先生も、そんなのいなかった。家に帰れば独りで、薄暗い部屋の中でベッドに倒れ込んだ。渇いた心じゃ涙も出なかった。
そんなことを思い出した。
「――ッ。」
途端今までにないくらい足が痛みだした。
オレは思わずしゃがみ込む。痛い、いたい、イタイ。痛くて立っていられなかった。どうしよう。これ以上歩けない。前に進めない。戻れない。動けない。
オレ、このまま死ぬのかな……。なんてそんなわけないけど、もうどうしようもなくて、目に水の膜が張って、世界が歪んで見えたんだ。
もういいや。
うつ向きかけたその時、
「こんなところでくたばってんじゃねえよ。」
雫が落ちた。
*
「くたばってんじゃねえよ、ウスラトンカチ。」
雫が落ちた。
まさか自分でもこんなに走るとは思わなかった。汗が流れて地面に落ちる。
オレは息が上がっているのがバレないように、平静を装って声をかけた。が、しかしなんだ。そんな場合ではないらしい。
道端でうずくまっていたナルトは、急に我に返ったようにグシグシと袖で目を擦り、摩擦で真っ赤になった目をコチラに向けた。
「な、なんで来たんだってばよ……。」
吃りながらも疑問を口に出すナルトに、オレは、何も答えることができなかった。
それは、明らかに様子がおかしいナルトを見たから、ではない。むしろ、そんなことは問題ではなかった。
オレ自身が、なぜココヘ来たのかわからなかったのだから。
ただ、イライラしてモヤモヤして、いてもたってもいられなくなって……それだけだ。
「……知るかよ、んなこと。」
身体が勝手に動いちまったんだよ。なんて、どこかで言ったような台詞だった。素直になれば、その答えなど簡単に出そうなものなのに、そんな気持ち、とうの昔になくしてしまった。
けれど、なんてことないと言いながら足を引きずり歩くコイツを無視できなかった。うずくまって、泣き出しそうなコイツを無視できなかった。
いや、そう言うことではない。
嫌なんだ。そうやって虚勢を張って無理しているヤツをみるのが。嫌なんだ。そういうヤツを無視して、ノウノウと生きている自分が――。
だから、自然なことだった。コイツの前にしゃがみ背中を向けたのは。
「ん。」
「なんだよ。」
「乗れ。」
しかし本当にオレは素直じゃない。こんな言い方でしか、ヤツを誘うことしか出来ないんだから。でも、
「べ、別に平気だって言っただろ。バカにすんじゃ……ッて!!」
素直じゃないのはコイツも同じなので、ここはお互い様と言うことにしよう。
「バカにされたくないなら大人しく背中に乗っとけ。」
「うっわ……!」
言うが早いか、動こうとしないナルトの腕を無理矢理取って首に回し、前傾になりながら立ち上がった。抵抗されると思ったが、存外大人しく背中に収まったので少し拍子抜けした。
オレは、ナルトの足が落ちないようすぐに抱えると、一回跳ねて体勢を整えた。その間、ナルトは一瞬手を緩めたが、その後ぎゅうと握り直した。
ズと鼻をすする音がした。
「……汗臭せぇ。」
「うるせぇ。テメェこそ鼻水つけんじゃねえぞ。」
「誰がつけるかバーカ。」
沈みかけた夕日が眩しかった。
*
眩しかった。
目が眩んで前が向けなかった。
なんで来たのか。
サスケは、知らないの一言だけで、その問いに答えてはくれなかった。
ズルい。卑怯だ。散々バカにしといて。あんなタイミングで、あんな状況で来るなんて、信じられない。格好……良すぎだってば。
『乗れ』って言われた時は、泣いてるのに気づかれるんじゃないかと思ったけど、そんなことを考えている余裕はなかった。
腕を取られたと思ったら、いつの間にか背中の上で、瞬間、オレはなすすべを無くした。
ただ心地良かった。
人肌のあたたかい温度も、歩く度に揺れる背中も何もかも。
跳ねた身体に合わせ緩んだ手を握り直した。
サスケの背中はゴツゴツしてて、ふかふかのベッドや布団よりもいびつで固かったけど、それでも気持ち良かった。
オレはサスケが歩く度に身体が揺れて、下に落ちそうになったけれど、その度に少しだけ跳ねて背負い直してくれた。
そのあたたかさが、リズムが気持ちよくて、少しずつ微睡みに連れ去られていった。だから、
「寝んなよ、ウスラトンカチ。」
そんな悪態も柔らかく聞こえてきて、
「寝るわけねーだろ、…ばーか。」
返す返事も曖昧だったのは覚えている。
*
「今日もお疲れ〜。」
カカシはそう言うと、今日もすぐには消えることなく、ナルトに声をかけた。
「オマエ、もう足は大丈夫なのか。」
「もちあたぼーだってばよ!」
心配するカカシをよそに、ナルトはガッツポーズで答える。
昨日は病院に預けてそのまま帰ったからどうなったかと思ったが、今朝会った時にはすでにピンピンしてて、任務には支障なかった。
今だっていつもと変わらずアホ面だ。そんな姿にオレは、自然と足が帰路へと向かった。
「今日は見送らないの?」
「別に、したくてやってるわけじゃあない。」
そう言うと、本ッ当に素直じゃないわね、と呆れて言うサクラの言葉に今日は胸が痛むことはない。
サクラは、それじゃあ一緒に帰らない?とオレを誘った。特段断る理由も見当たらなくて、まぁいいかと承諾しようとした。その時、
「サスケェ!」
いつも一番にサクラに駆け寄って来るヤツが、今日に限ってオレを呼ぶ。
突っかかってくる声とは裏腹に、実に気まずそうにして、あのとか、えっととか、口ごもっている。
「なんだよ。」
一言、促すように声を掛ければ、
「昨日はありがとだってばよッ!」
目も合わさない。
顔も合わさない。
それは、失礼極まりない謝辞だったにも関わらず、バカ正直で、屈託のない気持ちそのものだった。
「別に、大したことじゃない。」
しかし、反射的に出た言葉は、いつもの生意気で憎たらしいスカしたものでしかなかった。
それでも一言、
「治ってよかった。」
サクラにつつかれ、捻り出すように放った言葉は、一瞬にして消えてなくなってしまった。けれども、
その後に残った笑顔は、この先、一生忘れることのできないモノとなったのだ。
fin.
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【100620】
【120114・修正】
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