天顔偽る国の事
9


「仕方ない」
 呟いて、花飛は王冠を地面に置いてしまった。
「何をする」
 トーギアヌスが拾おうとするのを、「待て!」と厳しい声で制した。驚いて振り向く彼には構わず、灯才に向かって言う。
「王冠に宿る意識を呼び出そう。文字ならば、具現化しやすい」
「そんなことが出来るのか」
「手伝ってくれるな?」
「もちろんだ。何をすればいい?」
「今、俺の力はあっちの風を使っているせいで消費し続けてる。灯才が精霊を呼び出して欲しい。それに手伝わせて、術を行う」
「何の精霊を?」
「土だ」
 灯才は頷いた。普段、術をあまり使わない為、集中する為に目を閉じ、呼吸を整える。
「なるべく強いのを」
 さらに花飛が要求するのが聞こえた。息を吸い、吐き出し、吸い、吐き出し、ゆっくりと意識を現実から遮断する。
 灯才が集中し始めてから、周囲の土がざわめき始め、地震とは違う震えを感じるようになった。それに合わせて花飛が王冠に目線を落とす。
「我が声に応えよ……」
 王冠の周囲に光が走った。地面の内側から、光の筋が通り、王冠を囲う。
 花飛が何事か小さく呟いた。その瞬間に、王冠に向けて光が集中した。
「っ!」
 異様な光景にトーギアヌスが息を飲む。声を出すことは、恐ろしくて出来なかった。
 視界が光で奪われた。だが脳裏に映像が走り抜ける。
 その場にいた全員が、同じ夢を見ているかのようだった。
 初代の王、そして泉、術師、建国……顔ははっきりと見えない、夢のように掴みどころのない淡いイメージだったが、確かに膨大な量の情報が流れた。
 視界が戻って来た時になって、やっと、今の映像が花飛の術によるものだったのだと気づく。まるで白昼夢だ。
 3人はそれぞれ顔を見合わせた。
「やっぱりだ。地震を引き起こす精霊石を鎮静させる為に、術師が魔族と契約した。その契約を守る為に、この国を作ったんだ」
「王は人身御供、ということですね」
「じゃあ、俺の父も……」
 水の魔族と契約した術師は、強い力を持つ血族だった。その血を欲した魔族に、代々、肉体と魂を捧げることで契約を守って来たのだった。
 王が即位と崩御の時だけ人前に姿を現す理由は、崩御の時には別人だからだ。後継ぎが生まれたらすぐに、その体を泉に捧げる。後継ぎとなる王子が、王になるに相応しい年齢まで育ったら、全く別の死体を用意して王が崩御したと騒ぐのだ。王子には泉の加護がつき、王位を継ぐまで死ぬことは避けられる。
 王は人柱であり、実際に政を行っているのは大臣達だった。
「なんてことだ、知っていたんだ。あいつら大臣は! 父も、祖父も、曾祖父も、泉に身を捧げて死んだということを知っていて……!」
「陛下、取り乱している場合ではありません。大臣達とて、国の為に……」
「泉の魔物って奴は、案外、頭がいいのかも知れない。偽物の王が即位したと知って、俺を襲ってきたんじゃないのか?」
「あなたが泉に近づいたからだと思うが……。強い術師の血を欲する魔族だから、あなたの力を嗅ぎ取って襲ってきたのだろう」
「だがあの魔族との契約を守らなければ、虎純眼の為に国が滅ぶぞ」
 花飛はトーギアヌスの顔を見た。怯えてトーギアヌスは言う。
「他に何とかならないのか!? あの風の術で抑えるとか……」
 答えたのは灯才だった。
「精霊を操っている間はずっと力を消費し続けるのです。花飛の命が尽きた時、術も同時に終わるのですよ。だからこそ、魔族ならば呼び出して従えさせてしまえば、永久に封印は続くのです」
「ただし代償が必要だ。例えば人柱」
「……」
 トーギアヌスは黙りこくって俯いた。自分が犠牲になるしかないと思っているのだろう。
 しかし、それだけでは事は収まらない。
「今、陛下が人身御供になって死んだとしても、後継ぎがいないんだから、いずれは契約が切れる。石の封印は切れてしまうわけだ」
「そうだな…」
 灯才は花飛の言葉に頷いたが、それだけだった。何も具体的な案が浮かばないのだ。
 花飛は考えをまとめようとしているのか、独り言のように言葉を発し続けている。
「魔族と契約を破棄する。新しい条件で契約を結ぶ、としても、条件を何にするかだ。あいつらの要求はわからないからな。違うものを召喚するとしても、精霊は……どうだろう」
 うーん、と花飛は唸る。灯才も考え込むが、良い案は浮かばないどころか、頭の中が多少混乱しているようで支離滅裂な考えにしか及ばなかった。
 二人にすがるような目線を向けていたトーギアヌスだったが、やがて口を開く。
「俺が会いに行こう」
「えっ」
「陛下!」
 二人は同時に振り向いた。
「食べられに行くわけじゃ、ない。行って話をする。まだ後継ぎが生まれていないから、王子が生まれるまで待てと」
「危険です」
「いいや、行かなきゃいけないだろう」
 止めようとする灯才を珍しく毅然として制す。
「だが、虎純眼の研究はおまえのおかげで随分進んでいる。俺が食われる前に、泉の力に頼らずとも何とか出来るようになる。そう信じている」
「何十年、何百年と研究をしてきたのに未だに全てを解明していないのです。無理ですよ。陛下」
「お前達の話を聞いていたら、それこそ、今までと違う方法で助かることの方が無理だとわかった。今のままでいよう。いつか、灯才が虎純眼を抑える方法を発見してくれるはずだ」
 トーギアヌスは決意していた。花飛は力強く頷き、
「よし、泉で襲われたら俺が守る。行こう」
 王冠に残された意識を読み取った限りでは、泉の水は言葉が通じる類の魔族であるようだった。
「もしも、話が通じない奴だったら、滅ぼす」
 花飛がぐっと拳を握り締めて言った。
「その後のことは、その時に考える! あの泉を目覚めさせたのは俺の責任だからな。責任は取る。術師協会の全力を借りてでも!」
「ありがとう」
「灯才も、いいな?」
 納得がいかない顔をしている灯才の目を見つめる。首を左右に振りたそうにしている灯才だったが、忠誠を誓うトーギアヌスが決めたことに、これ以上、否と言えなかった。そのうえ、これ以上に良い方法が見つからない。
 わかりました、と小さな声で答えた。
「俺も、行きます」
「うん」
 3人は泉に向かって走り出す。
 トーギアヌスが近付く気配がわかるのか、水の動きは激しさを増し、抑えこんでいる風を操っている花飛は疲労を感じ始めていた。






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