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別れ話の成れの果て



銀土 原作



 どうしてこうも人間は弱いんだろう。言葉でしか繋がれない。相手の気持ちがわからない。
 一番伝えたいことは言葉になりもしないのに。

「なあ土方」

 銀時は在らぬ虚空を見つめていた。夕日は赤々と燃え上がっている。銀時の目の色はくすんだほの暗い朱色になっていた。

「俺、金があったら、土方をでっけえ孤城とかに閉じ込めといて、俺だけのものにするんだ」

「そうか」

 銀時の手には木刀が握られていて、それに書かれた文字が今はとても滑稽に映る。少なくとも血飛沫は似合わないな、と思った。

「愛してるっていうには薄汚い感情なんだけど、でもそれ以外にうまい言葉が思い付かない」

 俺もだ、と返そうかと思ったが、煙草の灰が落ちてしまいそうになったのでやめた。

「だから不安なんだ。いつまでも土方が手に入らない気がして。言葉に出来ないと消えちまうんじゃないかって」

 俺も、と心の中で呟いた。
銀時の木刀から血が滴り落ちる。誰の血だろうか、何をしてきたのだろうか。問いただす気にはなれない、今それはあまりにも愚問でしかない。
 俺はただ、銀時の髪の毛が夕日と相まってきらきら光るのをなんだか神妙な心持ちで見ていた。


「だから少しズレてる気がしても、愛してるだとか、好きだとか言っちまう」


 そんな真っ直ぐなもんじゃねえ、と銀時は声を震わせた。
 なぜ泣くのか、ああ、ついにこの時が来てしまうのか。身を固くして身構える。
 次に銀時が言葉を発するまでが、永遠のように感じられた。



「俺、このままだとどうにかなりそうで怖ぇんだ。土方を俺から遠ざけないと、いつか手酷く傷つけるんじゃねぇかって」

 銀時にならどんな仕打ちを受けようが構わないのに。

「今までだって、土方は十分傷ついてきただろ。女みたいに抱かれて、プライドずたずただろ?」

 お前の為なら俺の卑小な自尊心なんてどうでもいいのに。

「ごめん土方、俺、これ以上はもう、一緒に生きていけない。お前を踏みにじって汚すなんて耐えられねぇよ」

 結局銀時は自分が傷つくのが一番怖いのだ、と思った。
 確かに俺は、お前のことが好きになってから沢山沢山傷ついた。女々しく悩む自分が嫌いになって、男を好きになった自分が疎ましいのにでも好きで、気持ちが通じたと思ったら酷く抱かれたりいきなり甘やかされたり。
 振り回されて疲れて、それでも俺は銀時が好きなのに。
 銀時は自分の為に、気持ちは残ってるくせに俺を捨てようとするのか。

 そんなの許せない、理不尽だ。

「…土方、好きなんだよどうしようもなく。だけどこれ以上傷つけるのが怖ぇ…」

「黙って聞いてりゃ綺麗事ばっか言いやがって」


 口をついて出たのは罵りの言葉だった。今まで銀時に本当の気持ちを伝えたことはなかった気がする。嫌われたくないから遠慮して、当たり障りのない会話で済ませて。
 きっと銀時はそういったことが嫌で、でも関係上仕方のないことで、どうしようもなくもどかしいから俺を捨てるのだろう。
 だったら最後くらい、あいつの望む形で終えてやろうじゃないか。好きで、愛していて、離れたくはないけれど。

「何が傷つけるのが怖ぇだよ。んなもん最初からわかりきってただろ。男同士だ、プライドへし折られたり、弱味見せなきゃやってけねぇのなんて。少なくとも俺はわかってた。…銀時のためならそんな屈辱に耐えてもいいって思ったんだ」

 でもお前は違った。あくまでも飄々とした顔しか見せてくれなかった。だから踏み込んだ話もできないでいつも上辺をなぞるだけ。どんどん苦しくなっていった。どこまでが立ち入っていいラインなのか神経使って見極めて。そんなことしてまで付き合いたかった。俺は、それでもよかった。



「だけどお前には無理だったんだ!俺は…俺はお前が好きだから!どんなことでも我慢しようと思ったし我慢できたのに…。お前はそうやって逃げるんだ。好きだなんて甘っちょろい気持ちだけで付き合ってけると思ったのか?ばか野郎、んな訳ねえだろ…」



 涙を見せるのは違うと思った。それこそ女と一緒だ、辛うじて守っていた男であるというプライドをここにきて踏みにじるのは、何とも阿呆らしい。
 他のことならばどんなことだって銀時のために出来る。泣くのだけは絶対に嫌だ。

「土方…」

「なんだよ。言い訳しようってのか。いいよもう、別れるんだろ、終わりなんだろ。聞きたくねぇよ」

「俺が間違ってたよ」



 銀時はあっさりそう言うと、簡単に涙を見せた。
 俺の目をまっすぐ見据えて、ごめんな、と呟いた。その声は俺の中に飛び込んできて、静かに溶けていった。


「ごめん、土方。俺、覚悟が全然足りてなかったみてぇだ。お前の言う通り、好きな気持ちだけでやっていけると思ってた。んな訳ねぇよな、男同士なんだからな」


 本当にごめん。土方がそこまで考えて、俺のために我慢してただなんて全く気づいてなかった。好きなんだ、別れたくねぇよ。俺も土方の為にならなんだって出来る。その覚悟が今やっとできた。遅くなってごめんな。馬鹿でごめんな。今まで意地はってかっこつけてた分、精一杯お前にカッコ悪ぃとこ見せるから、だからもっかいやり直してくれねぇか。


 銀時はずるずる鼻をならしながら、ぼたぼた涙を垂れ流して、それはそれはだっせぇ面してそう言った。
 今まで俺が見た銀時の中で、一番好きだと思った。


「…調子いい奴」

「しょうがねぇじゃん。バカなんだから」

「ほんと馬鹿。どうしようもねぇ」

「何とでも言え」


 俺はもう絶対一生土方から離れないって決めた。何とでも言え。


 目と鼻を真っ赤にし、それはそれはかっこつかないプロポーズだったけど、俺は大層嬉しかったのだ、不覚にも涙を浮かべてしまうくらいには。




別れ話の成れの果て.





あきゅろす。
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