膝小僧の上で握りしめられた両手を見つめた。拳は鬱血して白くなっている。それでもその手を開こうとは思わなかった。否、開けなかったと言う方が正しい。 体が動かないのであった。また、動かそうとも思えない。椅子に座った形のまま、セメントを頭から流されて固められてしまったかのように。 金縛りと、よく似た感覚であった。それもそうである、これは、自分が感じている叱責の念が自らを縛り付けているからなのだとよくわかっていた。そして同時に、土方さんが自分を恨んでいるのだと知らしめる為彼が化けてでたのだとも思った。 そんな事を考えている間にも、土方さんの葬儀は進んでいった。 ぽたり、と雫が手の甲に落ちた。涙だった。何度泣けば枯れるのだろうか。土方さんが死んだ瞬間からである、嘘のように流れ出てくるのだ。 まるで、この時の為に涙を全てとっておいたかのようだと思った。今まで泣くなんてことは、非日常的なことで、思えば姉上が死んでから一度も泣いていない。 年頃の男がそうわんわん泣くのもどうかと思うが、十年近く涙も出ないとなると、もうそんなもの自分の体に存在しないのではないかとすら錯覚していた。 涙を拭うことは叶わない。 だって体が動かないから。彼の思いが呪縛となって自分の身に押しかかってくる。 むしろ嬉しいことだ。 土方さんは幸せになれと言った。俺の分まで生きろ、絶対に死ぬな、近藤さんを守れだなんて言わない、総悟、自分を大切にしろ。 死の間際土方さんはそう捲し立て、最後に、『好きだ、好きなんだ総悟。死にたくねぇよ』と呟いた。 大丈夫だ、とは言えなかった。見るからに土方さんは虫の息で、助かりようがないと思った。 ここで彼を励ましても、もうだめだと、俺は諦めたのだ。 だからこそ、土方さんもあのような言葉を、即ち遺言を残したのであろう。 だけど本当は、まだ助かったかもしれない。 俺が諦めたから、もう無理だと思ったから、土方さんは死んだのかもしれない。 死にたくないと彼は言った。俺は彼を死なせちゃならなかったのだ。少なくとも、諦めてその手を握りしめるなんてことをしてはいけなかったのだ。 生きてくださいと、懇願すればよかった。こんなところで涙を流さずに、あの時無様に泣けばよかったのだ。死なないで、と喚けば良かったのだ。 生への執着は必ず生命力に繋がる。知っていたのに、俺は諦めた。 土方さんを死なせたのは、俺だ。誰がなんと言おうと俺はそう思う。 俺しか側にいなかったのに、最後まで彼を見ていたのに。 土方さんのいないこの世界を生きて何の意味があるのだろう。見える景色が違う、あの人の隣と一人では。色の鮮やかさ、音の繊細さ、光の輝き、全部色褪せて澱んだ。 きっと俺の目から流れ出る涙が汚いからだ。ああすればよかった、こうすればよかった。後悔の念ばかりで前を向けない、自分を責めてばかり。そんな俺を土方さんは望んだのか? 土方さんは俺に生きろ、と言った。それは色のない世界で薄暗くぼんやりと歩いてろなんて意味じゃない。 鮮やかな世の中をあの人の分まで堪能して、楽しんで、腹の底から息を吸え、という意味だろう? そんなことわかってる。 わかってるけどもう前も後ろもわからない、否、見えないのだ。 涙が止まらなくて、土方さんの命が重すぎて。 「土方さん」 名前を呼んだ。二度と返事は返ってこない。 二度目はもう、声にならなかった。視界には何も映らない。 こうして俺、沖田総悟の精神的人生は呆気なく幕を閉じたのであった。 ←→ |