※ミツバ篇のラストの屋上シーン続きを銀土で捏造したものです。原作壊されたくない方は読むのをご遠慮ください。気になさらない方は画面スクロールお願いします。 からい。こんなにも辛いものなのか。もう忘れたと思っていた。あの頃の胸を絞られるような気持ちとか、顔を見る度に離れたくないと逸る鼓動とか、全て無かったことにしたかった。 それくらい真剣に思っていて、口に出すのも恥ずかしいくらい純粋だった。 それでも俺には、あいつを置いて死ぬ確実な未来がそこにある。二人で一時の幸せを掴むことを夢見るのは、その先半永久的にミツバを苦しめることとイコールになっていて、そんなことは俺の望んでいたことではない。 だから、離れられて心からほっとした。ミツバにすがられようが総悟に恨まれようが、俺は自分が大事で、これ以上悩むのはもう御免だと思った。関わりが消えれば記憶も消える。 そして思惑通り、ミツバを忘れた気になって俺は坂田を好きになった。 その事実を後悔したりなんかしない。 半ば自棄になって職務に熱を入れ他には何も目もくれないで生きていた俺は、紛れもなく阿呆だった。自分が色恋にかまけることは重い罪だと、一人の女も守って生きれない男なのだから、と固く心を閉ざしていたのだ。 坂田は、そんな俺を叩き起こしてくれた。 『俺に土方のこと、守らせて。背中預けてよ。一人で戦うだけが人生じゃないよ』 坂田は強い。剣の腕だけではなく、心も。自分だって人に軽々しく言わない過去があるくせに、人の内側を共有しようとする。俺のことを分かったような口を利いて、大丈夫だと肩を叩く。 それだけでどんなに救われたか、どんなに楽になったか、坂田は知らないだろう。 一人で生きなくていい。好きな人の隣で歩いていていい。そんなことにも気づけなかった。坂田がいなければ。 坂田が好きだ。あいつがいなきゃ、もう生きていくことはできない。 でも今、涙が止まらない。傷がひどく痛む。煎餅が辛くて、からくて。 「なあ土方、泣いてるの」 この後に及んで俺はまだ、ミツバへのあの気持ちを思って泣くのか。初めてだった恋とも呼べない淡い苦みを思い出すのか。 単純にあいつの死だけを泣くことは、できない。 「土方、いっぱい泣いて」 後ろから坂田に抱きしめられる。その温かさが今は痛い。泣き顔を見られることが情けない。 「俺は大丈夫だから。土方が苦しいなら、全部受け止めてやる。俺のことは気にしないで」 坂田の前で泣いているのを許せない俺にまで優しくしないで。お前は大丈夫じゃないだろう。お前は今、悲しくて辛くて泣きそうなんだろう。 ミツバが死に、俺が泣いている。 嫉妬と呼ぶにはあまりに場違いであるこの感情をどうすればいいのか、もて余しているんだろう。 それくらい分かってるんだ、でも、それでも。振り向いて、坂田の顔を見るのが怖い。 「辛いよな、苦しいよな。…俺、何もできねぇけど、でもお前の側にいるから。だからせめて、こっち向いて泣いて?」 無理だ。坂田が好きで好きでしょうがないけど、今は。 涙が流れる度に一つ、ミツバのことが思い浮かぶ。夕焼けの中楽しそうに笑ったあいつは、今も褪せることなく俺にしっかり残っている。幸せだった、あいつに出会えて、近藤さんに貰った人間味を更に色濃くすることができた。 あいつがいなければ、坂田を好きでいる俺は存在しない。 「……大丈夫。好きなだけ泣きゃ、いつか痛みは薄れる。消えることは許しちゃいけないけどよ、でもいつまでも背負っとく必要はねぇよ」 そうじゃない、優しくしないでほしいんだ。 俺がミツバを幸せにできる男だったら、この今の世界はないけど、それでも幸せだったんだろうな、だけど坂田に出会えないなんて生きてる価値なんてないとも思うんだ。 こんなこと考えてしまう我が侭な俺を、素直にミツバの死だけに涙できない俺を、坂田に引け目を感じてしまう疚しい俺を、どうか叱って、厳しくたしなめて。 俺の中をお前だけにして。この複雑に絡まってほどけない感情を全部全部引き剥がしてしまいたい。 俺を造るものが坂田だけだったら楽なのに。何も考えずにすむのに。 坂田の方は見ずに、もう一度だけ、と煎餅をかじった。 やっぱり、辛い。 ←→ |