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ひとりのお仕事
※山→←土 原作





 何の変哲もない土曜日、俺は自室で一人書類の整理に追われていた。
 書き上げたそばから直ぐに積み上げられていく始末書、報告書の山。もううんざりだ、と頭のどこかで思った。

 近藤さんに必要とされたくて、恩返しがしたくて躍起になって働いた。その功が報われて今真選組がある。
 だけどこんな単調で孤独な作業、誰か見ている?やってもやらなくても、近藤さんどころか誰も気づかないのではないか?


 誰かに褒めてもらうために仕事をするわけではない、そんなのは百も承知である。
 しかしやっぱり、認めてほしい、と思うのは人間の性ではないだろうか。

 町中で捕り物をする。幕府に褒められる。
 巡回中に迷子を助ける。親子から感謝される。
 部屋で書類をひたすら片付ける。俺の部屋の書類の山がちょっと減る。
 それだけ。

 何度目かもわからない溜め息をついてから、煙草の火をつけた。
 今日のような思考を巡らせてしまう日は、仕事だって大して進まない。それがまた自分を苛つかせた。

 仕事に不満があるわけじゃないんだ。ただ誰かに、少しでいいから…。

 その先に何と続けたいのかは、自分でもよく分からない。



「副長、入りますよ」

「…おう」



 襖を開けたのは、山崎だった。
 お茶です、と湯飲みを机に置き、そのまま立ち去るのかと思えば、なぜか山崎は部屋から出ようとはしなかった。



「…山崎、出てけ。気が散る」

「嫌です」



 予想外の返事。これがあの好き放題野郎沖田の言葉なら何とも思わないが、山崎となりゃ話は違う。
 俺が間違ったことをしないかぎりこいつが口答えをしたことなんてない。提案や忠告、躊躇いはあっても完全なる拒否を表したこともない。
 その山崎がたった部屋をでるってだけのことを断った。



「…なんだ、何かあったのか」

「大ありですよ」

「話してみろ」

「副長死ぬ気ですか?」

「…は?」

「昨日の夜から寝ないでずーっとこの書類の山片付けてるでしょ」

「そうだけど」

「あんたこのままだと死にますよ」



 どこの占い師だ、と心中で呟いた。一時流行った胡散臭い占い師を思い出させる台詞だ。


「死ぬかよこの程度で」

「そりゃ一日徹夜したくらいじゃ死なないかもしれないけど、そんなこと繰り返してたら、絶対死にます」

「死にます死にますって…縁起でもねえ」




 そんなに死んでほしいのか、総悟といい山崎といいロクな部下いねぇな、と呟いて煙草を手に取った。
 途端に山崎に手首を捕まれる。


「それです」

「何だよ、離せ」

「タバコ止めてください」

「嫌だ。煙草がねえと俺は本当に死ぬ」

「煙草がなくて死ぬ人間はいません。吸いすぎて死ぬ人間はごまんといますが」

「吸いすぎて死ぬなら本望だ」

「何ですかその下らない本望。第一臭いし煙いしモテませんよ」

「うるせぇな、お前は母ちゃんかよ」

「母ちゃんでも何でもいいから、とにかく煙草とマヨネーズは禁止です」

「うおいちょっと待て。マヨネーズ禁止って言ったか?」

「言いました。つーか俺が買ってこなければ実質あんたはマヨネーズ食べらんないですよね」



 煙草やマヨネーズの買い出しは全て山崎に任せている。
 箱買いするから自分で買いに行くのはダルいし、何しろ行く暇があるなら目を通したい資料やその他済ましてしまいたい仕事が山ほどある。


「…まじかよ」

「まじですよ」

「………職務放棄するぞ」

「え?」

「んなことしたら俺ァもう仕事しねぇぞ」

「…そんな」

「巡回や捕り物はもちろん総悟の尻拭いもなにもかもやんねぇ」

「…それは…」

「困るだろ?」



 俺は勝った、とほくそ笑んだ。
 所詮山崎、俺を管理しようなんざ百年早い。
 まあ、俺を気遣ってのことなのくらいは、理解してるけど。


「…心配しなくても、俺は大丈夫だよ。てめぇは気にせず仕事しろ」

「んなわけにいきませんよ」

「何でだよ…俺がいいって言ってんだから…」

「副長のことが好きだからです」


 至極淡々と、山崎はそう言った。



「副長のこと、もちろん尊敬してます。そう易々と他人に言えないくらい」

「でもそれ以上に、好きなんです。好きっていうか、愛してるっていうか」

「だから副長が一人で無理してるの見ると、俺もキツくて…監察として出来ることはなんだってやりますよ、でもあくまで下る指令は監察の仕事だけ。副長職の残業の手伝いはできないし、頼まれもしない」

「だから体調くらい、気遣りたくて。出過ぎた真似でしたね、すいません」




 そこで山崎は言葉を切り、俺の返事を待った。
 その目は、俺だけを捉えて、離そうとはしない。ただ真実を告げたことを、ありありと証明していた。



 俺は一人で、独りで仕事をしていたわけではなかった。
 近藤さんでも総悟でもない、山崎という地味な監察がしっかり俺を認めてくれていた。

 そしてその俺を、好きだと言ってくれた。

 『真選組と私、どっちが大事なの』
 ミツバを忘れようと付き合った女は口を揃えてこう言った。
 もちろん真選組だ。そんなの決まっていて、尋ねるほうがバカ。

 そんな冷たい俺を知っている人が、俺を好きだと。

 素直に嬉しかった。
 気持ち悪いとか、迷惑だとか、そんな感情より先にただただ安心した。
 一人で生きていたわけじゃない、俺の孤独を知っている人間がいるのだ、と。


 自室で一人書類を書く時間は、紛れもなく孤独だった。
 こんなことをしている間に真選組の誰かが反逆を心に決めたりはしないか。
 こんなことをしている間に近藤さんが俺の仕事ぶりに失望してはいないか。

 そんなことで頭をぐちゃぐちゃにされて、痛いほど自分は独りなのだと思わされる。
 こんな時にそっと現れる恋人も、励ましてくれる肉親もいない。

 周りに人がいないと、なにもかもが自分から離れていく気がして、怖かった。



「…お前は、一番信用があるし実力もある。だから俺の直属にしたんだ」

「はい」

「俺はお前に仕事上では一番頼ってると思う」

「…ありがとうございます」

「好きだと言われて、…嬉しかった」

「…え」

「でもそれは、ただの甘えからくるもんでしかねぇ気もする。誰かに、頼って、助けてほしくて。その誰かが山崎になっただけ」

「それでいいんです!俺は副長になら利用して捨てられても、全然構わないんです。だって副長はすごく」



 寂しそうだから。

 山崎はそう言った後、俺の固く握りしめた手に、包むように自分の手を添えた。


「いつも何かを待ってるように見えるんです。すごく生きづらそうで。だから俺が、…おこがましいけど、助けたくなる」

「…なんだよそれ」

「俺にもわかんないです。つーか知りたいです」


 副長のこと、もっと知りたいんです。


 耳元で、山崎が小さく呟いた。
 そうして床に押し付けられるようにキスをされる。

 嫌じゃない。なんで、どうして。
 ついさっきまで、ただの部下だったのに、俺はどうしてこうして受け入れているんだ?
 そんなに寂しかったのか?

 報われない努力の結果がこれなのか。
 不満なわけじゃない、でも、完全に流されたような気がして。


 好きだからと言われたから好きになる。

 そんな恋愛うまくいった試しがない。
 そもそも本当に好きになれたことはなかった。
 でも今、たしかに手の暖かさとか、乾いた唇を感じて泣きそうになっている自分は、どうしようもなく目の前の地味な監察が好きになっていた。



「好きです副長。だからもう、寂しそうな顔、しないでください」

「…させんなよ、お前が」


 お前のこと、好きになってやるからさ。

 不安や寂しさ、苛立ちから逃げているだけかもしれない。
 だけど今この気持ちを、部下への信頼感と割りきることもできない。

 俺は大層弱い人間だったようだ。
 助けられる喜びに、早くも溺れそうになっている。







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