墓石の君へ
※沖→土 原作死ネタ
「あっけぇねぇなあ………あっけねぇよ、トシ」
近藤さんは墓の前に膝をつき、ことりと刀を置いた。土方さんの刀だ。
幾年かぶりの武州、風が冷たい。
留守は山崎や原田達に任せてきてしまった。しかし局長の長期不在は体裁が悪く、二日しか猶予はない。
特に、副長の土方さんが死んだ今、ここでノロノロしている暇はないのだ。
「こんな小せぇ鉛玉一つで死んじまうんだなあ、…あの強くて頼れて、…俺なんかを慕ってくれたトシが…」
死因は言うまでもない、任務中の殉職だ。
だけど死んだ理由なんてどうでもいい、土方さんが死んだという事実だけが、真実だ。
「…トシ、待ってろ。俺もいずれそこにいく。心配せんでいい、真選組は絶対に守る。でも、真選組を護る最後の剣はずっとずっとお前だ。俺たちの心の中で真選組に喝いれてくれ」
土方さんの隣には姉上が眠っている。近藤さんは、俺トシの隣予約だからな、と笑い、ゆっくり腰をあげた。総悟も言うこと、あるだろ、と促され、墓前に立つ。
何も言わないで突っ立っていた。近藤さんは、似合わない気を使い、先に歩いてるぞ、と俺の背中に向かって告げた。
墓石に触れる。
冷たかった。土方さんの眼差しは、こんな風だった。真っ直ぐで正しくて、俺には痛かった。
刀に触れた。
土方さんの腰についていた刀は、持ち主を失って幾分生気がないように見えた。
人を斬る土方さんの表情にそっくりだ。
「なんで死んじまうかなあ…」
俺が殺すはずだったのに。
生きている内は手に入らないのだから、死に際くらい俺のものにしたかったのに、どこの誰かも分からねぇ攘夷志士なんかに撃ち殺されて。
こんな小さい墓におさまっちまう体だったっけ?
ああ、もう肉体は燃えてしまったのか。火葬場の煙になって、姉上の元へ飛んでいってしまったのか。
魂も、きっと姉上の所にいる。こっちで果たせなかった幸せを、今やっと手にいれたのだろう。
よかったね、姉上。
でも憎いです。生きていても死んでいても、土方さんは決して俺を選びはしない。
だからせめて、生きている土方さんともっと肩を並べていたかった。迷惑をかけて怒られていたかった。
死んでしまうならいっそ。
「好きって…言やァよかった。だって死んじまうなんて、こんなに早く、思わねぇじゃねぇですかィ」
まだまだ時間はあると、無知な勘違いをしていた。
限られた命は、こんなにも短くあっけないと知らなかった。未来は永遠に続くような気がしていた。
刀を振り回すのだからときちんと覚悟をしていた土方さんと俺は違う。
「死んじまったらもう何も、意味ねぇじゃねぇか、土方さん」
鞘に収められた土方さんの刀を抜くと、鈍い光が俺の目を細めさせた。太陽の輝きを受け、反射する刃。
まるで俺の目に映っていた近藤さんと土方さんだ。絶対的な存在である近藤さんと、その力を借りて強くなる土方さん。そして、刀は俺にとっては体の一部みたいなもんだから。
「そっち、行ってもいいですかィ、…………いいですよねィ」
土方さんの刀を、顎下にあてた。ここを切って眠ってしまえば、ゆっくりと静かに血が流れ、知らない内に死ねる、睡眠導入薬は内ポケットの中。
「…なーんて、出来る訳ねぇんだけどね」
真選組を護る最後の剣である土方さんの刀で死ぬなんて、あんたを汚すも同然だから。
「近藤さんがねィ、俺があんたの後を継げって。副長になれって言うんでさァ」
無理に決まってらァ、と小さく呟いた。
あんたの後釜を狙うというぬるま湯に浸かってきた俺にあんたの代わりなんてとても無理だ。
「でも、やるんだ」
土方さんに笑われたくないから。
あんなに付け狙っといて出来ないなんて腰抜けもいいとこだ、と嫌みな笑いを浮かべるあんたが想像できるから。
俺のものには決してならないけど、土方さんは真選組のものではある。きっと土方さんは近藤さんと同じように真選組に心を預けてたから。
だから俺は死んでも真選組を守るよ。誰のためでもなく、自分のために。あんたとの繋がりを消さないために。
「じゃ、俺も行きます。…、最後にひとつだけ、許してくだせェ」
冷えた墓石にそっと口付けた。姉上の墓には俺のアイマスクをつけておいた、だから見えはしない。
生きている土方さんとは程遠いけど、それでも俺は満足だった。
「怒らねぇでくだせェよ。最後の我が儘なんだから」
次にあんたに会う時は、見違えるように大きくなって、傷をいっぱいつくって、それでも今と変わらない減らず口を叩く俺でいると誓うよ。
「ありがとうございました、……土方さん」
深く敬礼をして、墓に背を向けた。
もう振り向かない。
近藤さんを追って俺は走り出した。
もう子供ではいられない。あんたとの誓いを果たすために、もう止まることは、できない。
二十歳を過ぎたら、煙草でも吸ってみようかな、あれを良いと思えるとは考えにくいけど。
マヨネーズだけは、絶対真似しない。
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