過去を抱えて
※銀土 原作
『どうだい、現世でうまくやっているのか白夜叉。仮にそうだとしてもいつか化けの皮が剥がれるだろうねえ、戦争の英雄は平和の世では犯罪者なのさ。はい、おしまい、打ち首、なーんて死んじまうのがいいとこさ』
かつての戦友は俺の夢の中でそう言って笑った。白い骨だけになった体を揺らし、地鳴りのように声を響かせる。鎧を纏った骨は今にも折れそうに見えた。
白夜叉と呼ばれなくなったのはいつからだろう。俺にはたくさんの名前ができた。万事屋銀ちゃんを始め天パとか旦那とか銀の字とかよくわかんねぇものもむかつくものも照れくさいものもある。
中でも一番、胸に響いて呼ばれるだけで苦しくなるのは、やっぱり土方に坂田、と呼ばれた時。
白夜叉という名前は、俺を信じられないくらい冷血な無感情人間に変える。それは言わずもがな、戦争の記憶があるからで。
俺の中に獣なんか残っちゃいない。いたとしても牙を自ら折った老いぼれくらいのもんだ。そいつはきっと定春より弱く、そして白夜叉という自分より真っ直ぐだろう。
「銀時、江戸の未来はお前に懸かっている。共に腐った世の中を変えようではないか」
ヅラに名前を呼ばれると、どうしても過去に囚われる。世を変えようと言うヅラをはっ倒したくなるし、同時に羨ましくもなる。こいつはいつまでも純粋で、松陽先生に愛された俺たちから何らブレていないのだと思わされる。
「銀さん、そろそろ給料お願いしますよ。このままだと姉上に不良債権扱いされてそのまま存在抹殺されちゃいます。先々月分だけでいいですから」
新八に名前を呼ばれると、どうも不思議な気持ちになる。
新八は本来なら決して交わるはずのなかった人間だ。幼くして母も父も亡くし、姉と二人で形見の道場を切り盛り、なんてまるで人情ドラマの主人公。そんな奴が俺を慕い(実際慕っているのかは怪しいが)、一緒に仕事をしようってんだから驚きである。
今でも痛いほど真っ直ぐで強い新八の存在が疑わしくなるほどだ。俺の隣にいるには、あまりにも美しすぎる魂だから。
「旦那ァ、あっちで土方さんが寂しそうな顔してとぼとぼ歩いてますぜィ」
沖田に名前を呼ばれると、どうしても目が土方を探してしまう。大抵土方は奴とセットだから。まあ真選組の連中がいても同じことだ。
「坂田!ちょうどいい、総悟見なか…ったか…?」
土方に名前を呼ばれると、どうしようもなく泣きたくなる。
「…どうしたんだ?そんな面して」
白夜叉と呼ばれた頃には知らなかったものを、たくさん土方が教えてくれた。
人を、愛しく、真っ直ぐ、ひた向きに思う気持ち。
愛情が行き過ぎて妬みや嫉みになる痛み。
止まらないほどの欲情。
このままでいたいと願う弱さ。
たくさん、たくさん感情が生まれた。それは勿論、土方だけじゃなくて歌舞伎町の奴らみんなからもらったものであることに間違いはない。
でも、土方がくれたのは人一倍熱くて、面倒くさくて、離したくなくなるものだった。
「…なんでもねぇよ、」
ただ、土方がすごく綺麗だから。見るたびに、俺は幸せだと確認してしまって、次の未来が怖くなるから。
だから涙が出そうになる。知らないままの方が生きやすいものもある。だけど白夜叉に戻るかと聞かれたらそれはお断りだ。
先生のために戦った自分を嫌いには絶対なれないけど、可哀想だとは思う。それは今の自分がいるから。
今が幸せだから。
たくさん名前をもらって、みんなにとっての色々な存在である自分は、真っ当に今を生きている。
殺戮者ではない、万事屋何でも屋として。
「…そうか。…何かあったら、その、たまには、俺に言ってくれよ…な」
「…ん。ありがとう」
夢の中の骨になった同志は音をたてて消えた。
白夜叉はもういない。過去を捨てる訳ではない、ずっと一緒に生きていく。過去よりもっと面倒くさくて難しい今を抱えて。
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