今日だけの約束
※銀→←土 原作
「んだよ、いきなり」
そう言って引き戸を開けた銀髪の野郎はひどく面倒くさそうな顔をした。
その表情が俺を傷付けることを奴は知っている。知った上でその顔を見せるのだ、もうそれくらいわかっている。
でも、それでも心が軋むようにむずかるのは、俺が坂田を好きだからで、それ以外に理由はない。
「上がるぞ」
「…どーぞ」
有無を言わせず入り込んだ茶の間には、『銀ちゃん誕生日おめでとう』、とでかでかと汚い字で、それでも丁寧に書かれた垂れ幕が貼ってあった。ちらりとそれを見やり、それから坂田を見た。
俺から万事屋に来ることなんて滅多にない、いや、一度もなかっただろう。
下らない口喧嘩で始まった飲み対決、挙げ句の果てに酔いつぶれ、流れで俺たちは一夜布団を共にした。以来所謂セフレという間柄が続いている。
そんな関係を望んだことはない。俺は酔いつぶれたってしっかり意識はあった。坂田が俺を万事屋まで運んで俺をソファに寝かせ、ゆっくり俺の髪をかき揚げた坂田の手がどうしようもなく熱かった。今まで感じたことのない熱情が体を支配して、気づいたら俺の腕は坂田の背中に回ってた。
軽率な行動だったかもしれない。でも、坂田もしなだれかかるようにして俺の顔を銀で覆い、小さく舌を舐めたのだから結果オーライといったところだ。
「で、なんの用」
銀さんもう寝るとこだったんだけど、と坂田は欠伸をしつつ言った。
俺が坂田を好きなのは坂田にもすぐわかっただろう。そして、坂田が俺を好きなのもすぐにわかった。
守ることも守られることもない。背中を預けて戦える、互いがいれば自分の敵だけと一心に向き合える。それだけで充分だった。
それでもセフレという関係は変わらない。
もしも気持ちを言ってしまえば、止まらなくなる気がした。ずるずると互いの弱みに嵌まって、抜け出せなくなると思った。
守るものがある。自分の恋路よりも大切なものが。例え想い人を守る必要がなくても、俺には真選組が、歌舞伎町が、坂田には万事屋が、そして同じように、この町が。
だから言う訳にはいかなかった。
「坂田、俺は」
今日という日以外には。
「俺はお前に惚れてる」
「………は」
「わかってる、てめぇが何度も言おうとしてやめたこと。ヤった後俺が部屋でてこうとする度に呼び止めようとして、思い止まったこと」
「…だったらなんでてめぇが言っちまうんだよ」
「だって、今日は坂田の誕生日だろう」
今日、お前が生まれた特別な日じゃないと俺は言う機会すらない。本来ならそれでよかった。言う機会がなければ余計な心配はいらない。
でも、だめだった、我慢が出来なかった。好きなのに、互いにわかりあえているのにどうして幸せになれないのだろう。
守りたいものがあって、それと一緒にお前がいる、そんな世界を夢見るのは罪なのか、それすら俺には許されないのか。
そんなことを考えて、泣きたくなった。嫌だ、このままの関係で終わりだなんて、嫌だ。こんな強い感情をもつのは久方振りだった。
真選組が、大切で堪らない、でもそれと同じくらい、坂田が俺の中で大きな位置を占めている。
どうしようもなく好きなのだ。だから、今日一日だけでいいから。
「祝わせてくれ、てめぇのこと」
「ひじか、た」
あれほど焦がれた銀髪が、今はこんなにも近い。筋張った首に腕を回せば、燻った焔のような色をした坂田の瞳に胸を焼かれる。
「坂田が好きだ、どうしようもないくらい。今日だけ、今だけしか言わねぇからよく覚えとけ。お前は流れで俺とヤっちまったのかもしんねぇが俺は違う。お前以外の野郎に抱かれるなんて考えらんねぇ。俺には坂田だけ…」
「もういい」
「最後まで言わせろよ」
「いいって」
「今日、だけだから」
「お前はそのつもりでもな、俺が止まらなくなっちまうだろ」
「………え」
「俺はてめぇみてぇに我慢強くねぇ。多分今日土方が来なくても、いつか俺が爆発してた。でもその日までは我慢しようとしてたんだ」
だって互いの為になんねぇから、と坂田は目を俯かせた。
「でも、だめだ。土方から言われちゃ我慢なんかできねぇよ。もう無理、俺だって流れでこんな関係になった訳じゃねぇ。てめぇが好きだから魔が射しちまった。好きだからこそなっちゃいけなかったのに」
「坂田…」
「好きだ土方。体が近づく度に気持ちが遠くなっていって、やっぱ俺たちは交われねぇ存在なんだって、割りきろうと思ってた。でも今はもう、我慢しねぇよ」
今日だけなんて言わないで、俺のもんになって。
そう囁く坂田の声が聞こえて、静かに目を閉じた。
もう戻れない。俺は幸せを手に入れてしまった。自分の弱味を知っている人間に甘える幸せを。そして、人と想い合う幸せを。
俺は小さく微かに頷いた。
「…坂田、誕生日おめでとう」
「ありがと、」
十四郎、と坂田はふざけたように笑った。
夜が明けたら甘味処へ出掛けよう。このままでは俺が貰ってばっかりで、坂田になにもあげていない。
少しずつ混ざっていけばいい、守りたいものと共に過ごしたい人が。いつしか全部引っ括めて自分のものだと言えるように。そして、坂田にそう言ってもらえるように。
そんなことを考えながら、唇に感じる乾いた感触を愛しく思った。
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