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つり橋効果
※沖→←土 原作





何でこんな状況になったんだっけ、何で土方さんは血塗れなんだっけ、何で俺はここで動けずにいるんだっけ。そんなことを回らない頭で考えていたら、目の前の汚ならしい面をした男が俺を見て言った。



「そろそろ死んどくか?来ない助けを待つのも辛いだろう。自分の為に傷つく副長を見るのも苦しいだろう。真選組はお前等を見捨てたんだ」


唾を撒き散らして男は捲し立てた。最後にふふ、と不気味な笑いをつけた。


「楽しいなあ、お前ら江戸の平和を守る奴らなんだろう。でも今はどうだい、こんなに惨めで成す術がない。俺の気分でどうにでもなる。ああ楽しい」

「…んだよそれ」

「なんだい?なんか文句があるのか?文句なら自分に言いな、簡単に捕まる自分が悪いんだ、そうだろう?」


男はにやにやしながら土方さんの頭を足でこずいた。土方さんは反応を示さない。


「副長さんが言ったんだもんなあ、俺はいいから総悟を助けてくれって。泣けるよなあ」


ふふ、と男は気味の悪い笑いを繰り返す。土方さんのお腹を軽く蹴った。土方さんは反応を示さない。


「もう死んじゃったのかなあこいつ、つまんないなあ」


そう言った男の面は、口元をだらしなく弛ませ、欲情しきった目をしていた。その瞬間、俺の中の何かがキレちゃって、押さえきれない感情が、怒りが、溢れ出してきて。


「…めろ、いやだ、やめろよ、土方さんに触れんなカスが」

「お、なんだいいきなり威勢よくなっちゃって」

「てめぇなんかが軽く触っていいお方じゃねぇんだようちの副長は。くそ、なんだよ、いやだ、土方さん、土方さん、起きろよ、嘘だろ、ねぇ、いやだ、土方さん!」



涙が止まらない。自分の無力さが悔しくて、手錠一つかけられて足を縛られただけで何も出来ない自分が憎たらしくて、脳が焼ききれるほど頭が痛くなった。


「いやだ、土方さんを傷つけるなら俺を、俺なら別に死んでも構わねぇでさァ、だからお願いします、ねぇ、土方さんを助けて!」


「今更遅いんじゃないかなあ、君はさっき黙って見てただろう、副長さんが俺にぼこぼこにされるのを。まあ、好きで黙って見てた訳じゃあないんだろうけど」



土方さんは身動ぎもしない。本当に、本当に死んでしまっているなら、俺はどうしたらいいんだろう。土方さんがいない真選組なんか考えられない、土方さんがいない俺なんか、ただの屑だ、土方さんがいない江戸なんかどうだっていい、土方さんがいない世界なんて、もう、どうだって。




「総悟」




「総悟、俺、平気だから、だから」



泣くなよ。土方さんは弱々しくそう呟いた。男は心底嫌そうな顔をした。


「土方さん、ごめんなさい、俺、俺、…」

「わかってっから、大丈夫だから、心配すんな総悟。すぐ、今すぐ近藤さん達がすっ飛んできてくれるから」




男は醒めた顔をして俺達を見比べ、鼻を鳴らして部屋の外へと出ていった。周りの様子でも見に行くのだろう。




「土方さん、俺、土方さん死んじまったかと思って、だったら俺も死んじまおうかなんて思って、本当、ごめんなさい」

「謝んなよ、別にお前のために庇った訳じゃねぇ。真選組にはお前が必要だからな、だから謝んな。だったら別に言うことがあんだろ」


真選組に必要なのは俺じゃないよ、土方さんだ。太陽みたいな近藤さんを影で支える土方さんがいるから真選組があるんだろ。実際細かい仕事は何もわかんない近藤さんの代わりに全部やってくれる土方さんがいるから俺達も滞りなく仕事ができるんだろ。剣術なんか出来たって、土方さんみたいな献身と包容力がねぇ俺はいたっていなくたっていいんだ、代わりならいくらでも腕のたつ奴がいる。でも土方さんはいないよ。



「…ありがとうごぜェやす」

「それでいい、」

な、俺は平気だから泣くなって、と土方さんは血で濡れた唇を小さく歪めた。本人はきっと微笑んだつもりなのだろう。でもそれは、腫れた頬のせいで到底笑みには見えなかった。それが余計痛々しくて、でもこれ以上土方さんに気遣わせるのも申し訳ないから、敢えて指摘はしなかった。







その後のことはもうあまり覚えていない。部屋に誰かが飛び込んできたかと思えば、俺達を担いで外に連れ出した。外には見慣れた真選組のパトカーが何十台も並んでて、あ、助かるんだな、なんて思ったら急に体が重くなって、何もわからなくなった。



土方さんは二週間の入院で済んだ。酷くやられていたものの、骨折などの重症を負うことはなく、腫れが退いたらいつもの土方さんと何ら代わりはなかった。



「俺、絶対あの日のこと忘れやせん」



ようやく落ち着いたころ、俺は土方さんの部屋に転がりこんで何でもない時間を過ごしていた。



「あの日って?」



土方さんは煙草を蒸かし、まだ痛む箇所もあるくせに書類を眺め仕事に思いを馳せている。



「土方さんが俺の代わりにボコられてくれた日」

「なんか嫌な言い方だな」

「あの日から俺の土方さんに対する思いが変わりやした」

「どういうことだ」

「あんたのこと、思ってたより大切だったみてぇです」

「…んだよそれ」


「あんたに守られて、死ぬほど悔しかった。何もできねぇ自分が死ぬほど情けなかった。俺は守られるばっかで、あんたのこと少しも助けられなかった」



寝転がって、天井を穴が開くほど見つめる。そうしてなきゃまた涙が出そうだったから。


「あんたが死んだかもって思ったら、訳わかんなくなっちまって、あんたがいない世界なんてどうでもいいと思った。いつも土方さんのこと殺そうとして、副長の座狙ってたってのに」


「土方さん、俺、ようやく気づきました。俺が欲しかったのは副長の座なんかじゃなくて、土方さんだってこと」




天井を見つめていた目を、ゆっくり閉じた。土方さんが書類を机に置く音がする。煙草を灰皿に押し付けた音もした。直ぐ隣に土方さんが座ったのも、分かった。



「…言いたいことはそれだけか」

「…まあ、はい」

「……気づくのが遅ぇんだよバーカ」




そう言って土方さんは俺のおでこにかかった髪をかきあげた。そして、たぶん、絶対、土方さんの唇と思われるものがおでこに押し当てられた。


「お前は俺の特別だ、ずっと前から」



そっと目を開けると、前には土方さんの顔があった。優しい笑みを浮かべていて、あの日の唇の歪みはもう思い出せなかった。


さっきおでこに感じた感触を確かめたくて、俺はそのまま上体をあげ、土方さんの唇にゆっくりキスをした。




「俺を守ろうだなんて百年早ぇよ、ガキ」



そんな軽口が憎たらしくて、でも、世界で一番心地いい、なんて思う。






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