04、 真夏に降る雪
※銀→←土 パラレル
なぁ、知ってるか?
かったるい大学の講義の最中にチロルチョコをごそごそと探していたら悪友高杉に声をかけられた。
さぁ、知らない、と答えると、興味深い話をされた。何でも大学の東棟にある美術室に超絶美人がいるのだそうだ。しかしそれがまあ変な奴で、デートのお誘いも熱烈な告白も全部同じセリフで断るらしい。まあ厳密に言うと断ってはいない。ただ断られたも同然な返事を返すのだと高杉は言った。
ふーん、あっそう。と適当に返しはしたが、本当はかなり気になっていた。そして最後に付け加えられた高杉の言葉で、俺は放課後美術に向かう事を決めたのだった。
『まあ超絶美人っつっても男なんだがよ。だけどそいつがまた綺麗なわけ。俺そういう趣味ないけど、あいつとなら多分ヤれると思うわ』
「こんにちはー…」
美術室特有の油絵の具の匂いが鼻をついた。返事がないので中を見渡して見れば、一心不乱にキャンバスに向かう一人の男がいた。こいつかな。よし、いっちょ顔でも拝んでやるか。そう思い、やけに細身なそいつの背中の後ろに立ち、声を掛けた。
「何描いてるんすか?」
「……雪」
低い、男のそのものの声。
顔はこちらに向けなかった。
そしてどう見てもキャンバスに描いてあるのは、海。
雪など欠片もありゃしない。
「…海にしか見えないんだけど」
「…ここに、雪を降らせてくれる人を待ってんだ」
「………ふーん」
相当の痛い子ちゃんなのは、分かった。既に完成しているように見える真っ青な海に、執念深く色を重ね続け、こちらには目もくれない。
「俺じゃ、君の海に雪を降らせらんねぇかなあ」
ふ、と口に出していた。
そう言った瞬間、そいつはぐるりとこちらを向き俺を見定めるように全身を見回してそして、固まった。
正に停止。こいつの時間だけが止まったかのように、俺の事を見つめ続ける。そして事実、こいつは素晴らしく美しかった。陶器のような肌に映える黒髪や、つやつやとした睫毛に鋭いくせにどこか色っぽい目元。男を狂わせるには十分すぎる。思わず俺もそいつを見つめてしまった。
「………髪が…」
暫く経って、そいつは口を開いた。
「あ、あぁ。髪?これ、生まれつき銀髪なの。天パだし」
「……雪、みたい」
すっと立上がり俺の側に寄ってくるそいつ。そういえば名前は何なのだろうか。
手を差し延べられ、髪を撫でられた。いやに優しく、愛しげなその手付にどこかこそばゆい感じがした。
「こんな色の雪が降れば、きっと世の中は平和になるんだ」
そう静かに呟くと、俺の肩に顔を埋めるように抱き付いて来た。なんだこれ、どうしよう。やべぇ、恥ずかしい。肩に感じる髪の感触に笑えるくらい緊張する。
「……ねぇ、俺の事好きになってよ」
「…うん」
「お前の髪色は俺の世界を救うんだ」
「………そっか」
何を言っているのかはさっぱり分からないが、どうしようもなくこいつに魅かれているのは確かだった。
「…海に雪降らせてどーすんの」
抱き付かれながらも聞いてみる。何か分かるかもしれない。
「次は鳩を描く。平和の象徴がいなくちゃ始まらない」
「…平和?」
「うん。夏の綺麗な海に雪が降って、そこに鳩がいたら世界が平和になるんだ」
どうやら、こいつが描いてるこの絵は平和を表しているらしい。だけど真夏に雪が降るだなんて奇跡に近しい。
平和がこの世に訪れない事を暗喩しているのだろうか。
ただ今の俺にはそんな事どうでもよくって、それよりもこいつのしているエプロンについたネームプレートの『土方十四郎』とはどんな読み方をするのかだけが気になっていた。
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