イチゴ牛乳
※銀土 原作
土方の後ろ姿はゆっくりと消えていった。辛い時間程長く感じるものだから。
「好きだよ」
でも、苦しいんだ。純粋な愛に汚い付属品がつくようになったのはいつからだろうか。きっと土方に会ってからだ。それより前は純粋な愛なんかなかったし、付属品を汚いとも感じなかった。あいつを想う気持ちだけが俺の中で人様に自慢できる事だ。今だってそう。ただ肝心な土方との間柄は自慢出来ないまま終わらせるつもりなのだけど。
「もう終いにしようや」
そう告げるのは至極簡単な事だった。だってそれは土方を自由にして幸せにする為の言葉だから。そう思えば俺の死にたくなるような虚無感とか吐き気とか手の震えとかすごくどうでもよくなった。
「………んでだよ」
「もう飽きちゃった。土方のコト」
「飽きちゃったって…」
「初めからそんな本気じゃなかったろ?土方は俺の誘いに乗っただけで、気持ちがあった訳じゃない」
「そりゃ初めはそうだったかもしんねぇけど」
「けど、は無しだよ土方」
「……そんな勝手に終わりにされたってこっちは納得いかねぇよ。てめぇは…もう気持ちな
んてねぇのかもしれねぇが俺はまだてめぇが…」
「その先は言うな」
「…言わせろよ!」
「言うなっつってんだろ!!」
「…何でそんなに頑なになんだよ!てめぇが俺の事嫌いなら聞き流してくれりゃいいじゃねぇか」
「……聞きたくねぇんだよ。土方が俺に合わせて変わってくのが嫌なんだ」
「は?てめぇに合わせてなんかねぇよ」
「土方十四郎は軽々しくスキなんて言わなかった筈だ」
「……軽々しい気持ちじゃねぇから、お前に言うんだろ」
土方はそう言って顔をこちらに向けた。意志を持った強い目を、俺が独り占めしちゃなんねぇ。何より幸せになれる保証なんてない。俺が男で、土方もまた男だから。
「……何と言われようがもう終ぇは終ぇだ。帰ってくれ」
「………嫌だ」
「帰れよ」
「嫌だ。……俺は」
「帰れってば!」
「俺はお前が好きだ」
「聞きたくねぇっつってんだろ!」
「好きだよ…坂田」
「うるせぇ!」
「だからそんなに怖がるなよ」
「怖がってなんか…!」
「怖いんだろ?別れが。俺が離れていくのが。やっぱ女がいいっつって坂田を捨てるんじゃねぇかって」
「………分かってんだったらさっさと帰れよ」
「帰れねぇよ。分かってっから帰らねぇし別れたくねぇんだ」
「何でだよ!もう…いいじゃねぇか!終わるのが予定より少し早かっただけだ」
「坂田、俺の事まだ好きだろ」
「…好きじゃねぇよ」
「だったら俺の事ぶん殴って追い出せばいいじゃねぇか。かったるいだろ?過去の男がいつまでもしがみついてくんのは」
「………」
立ち上がって土方の襟を掴んだ。土方はつられて腰をあげたが、それでもポーカーフェースを崩さずに煙草を口から外した。煙をふ、と挑発するように俺に吹き掛けてくる。
「ほら、早く」
「……………」
「できねぇんだろ?」
「…………クソ……何で」
「何で?」
「何で分かっちまうんだよ!俺はっ……てめぇが好きだから…別れてぇのに!こんなん…意味ねぇじゃん!俺らが付き合ってて何か未来があんのか?ねぇだろ?だったら嫁貰って可愛い子供こさえた方がいいに決まってんじゃん!意味ねぇんだよこんな関係…」
土方は襟を掴む俺の手にそっと手を重ねてきた。暖かかった。でも、冷たい。
「……お前の言うとおりだ。未来なんかねぇ。俺らのどっちかが死ぬまでこれ以上なんかねぇよ。でも俺は…これ以上は要らねぇ。欲しいとも思わねぇ。確かに結婚すりゃ幸せになれんだろうけど…俺にはてめぇが居なかったら………幸せになんかなれねぇよ」
俺は土方を泣かせた。鬼の副長を土方十四郎という只の人間にしてしまった。それが、許せない。自分を、己の身勝手な愛情を押しつけて相手をまるっきり変わらせてしまった自分が許せない。
「……そんな事言われたら別れらんねぇじゃん」
俺は、土方に幸せになって欲しいから。土方が俺といれば幸せというのなら一緒にいるしかない。どんなに俺がそれは正しい事だと思えなくても。
「……とにかく俺は絶対別れねぇからな」
「………うん」
そのまま土方は万事屋を後にした。階段の上から見る土方の後ろ姿はすごく綺麗だ。それでも痛かった。あいつの優しさと飢えが滲み出ているようで。土方の後ろ姿は当分消えない。辛い時間程長く感じるものだから。土方を見るのが辛いんじゃなくて、今日も土方を幸せに出来なかったのだと思い知らされるのが、辛い。本当にこれでいいのかな。本当に幸せなのかな、土方は。でも考えても無駄だし、もうイチゴ牛乳飲んで寝よう。こんな夜はそれが一番。うん、イチゴ牛乳飲もう。
イチゴ牛乳
(言っちまえばお酒の代わり)
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