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紫色と眼鏡


ああまたか。
ボロアパートに住む青年は呟いた
誰も聞いてなんか居ないのに。

男女の話声。隣の部屋から。薄い壁一枚。ギシリと軋む床。ギシギシ…。女の色のある声。

「またか」

何人連れ込むつもりだ。
煩い。殴り殺してやろうか。
ジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカ。

邪魔をするようにギターを掻き鳴らしてやった。
どうせ聞こえないさ。





コンコン

戸を叩く音。いくらギターを掻き鳴らしてもこの音だけは消せない。

面倒くさそうに立ち上がり古く腐りかけのそれを開けた。

そこには赤い着物を着た色のある女が立っていた。

「あらあら相変わらずねアンタ」

「何しに来た」

俺の睨みつけた目をお得意の流す様な視線でかわし女は部屋の中へ入っていった。
いつもの事だ気にはしない。

女は台所から茶と菓子を持ってきた。
さも私が持って来ましたと言わんばかりに俺に付き出す。


「顔色悪いわよアンタ死ぬんじゃい?」

「煩い商売女」


いつもそうだ人の心配なんてしてねえですぐからかいやがる。

「何人目だ連れ込んだのは」

「こっちは商売でやってるの一々数えてないわよ」

ふぅと小さい溜め息が漏れた。


「アンタさ変よね」

「普通と言われた試しがないな」


ギターをジャンと鳴らす。
安易にこの女の話を聞きたくなかったからだ。

それなのにこの女の声はやけに澄んでいてどんなにギターを掻き鳴らしても俺の耳に届いた。

「嫌なのよ」

ジャカジャカジャカジャカ

「あたしは綺麗な嘘が好きなのにアンタは嘘を吐かない
あたしばかり嘘を吐いてなんか不公平だわ」

ジャカジャカジャカジャカ

煩い、黙れと言っても無駄だろう。
ちょっとあしらやってやれば黙るだろうか?まあ黙った試しがないが。

「ならお前も嘘を吐かなければいいだろう」

「駄目よ嘘は女を魅力的にするわ」

「はっ、そんな化けの皮みてえな魅力なんて捨てちまえよ」


ジャカジャカジャカジャカジャカ

再び女の溜め息が漏れる。





「アンタにはわからないのね」

「ああわかんねえよ」


ジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカ


「そのギターうるさいわ」

「お前の方が煩い」

「やめなさいよそんな雑音鳴らすのまた大家に追い出されるわよ」

女はそのか細い指をツツツと俺のマフラーに絡ませてきた。

「俺に触るな」

「いいじゃない減るものじゃないわ」

ふふふと妖艶な笑みを浮かべる。


「お前のそういうところが俺は嫌いだ」

「嫌いでいいわ
いつか頭の先から指の先まで呑んであげる」

はっ、と鼻で笑ってやった。

「だれが呑まれるかよふざけんな俺がお前を食ってやる」


女は俺を小馬鹿にするようにふふふと笑う。

「また来るわ」

「もう来んな」
シッシッと手を払って言い捨てた。
本当にこの女は煩い。

「そう言っても本当は来てほしいくせにこういう時だけ嘘を吐くのね
アンタの嘘私は好きよ」

ガチャリと腐りかけの戸を開け女は部屋に居た妖艶な笑みのまま出ていった。



「何がアンタの嘘私は好きよだ、嘘吐き女が」


曇った眼鏡に映る嘘と真。
俺には見分けるすでがねえ。
だから嘘も真実も嫌いだ。ギターだけあればいい。





ガンガンガン!

突然の戸を叩く嵐。
返事も待たずに馬鹿が乗り込んで来た。


「ナカジー!遊びに来たぞ!」

俺はハァと溜め息を吐いた。
「そんな強く叩くな戸が壊れる。俺の返事を待ってから開けろ。大声を出すな十分聞こえてる」

「ナカジ注文多いぞー!コンビニで買ってきた肉まんとココアやるから機嫌直せー!」

あはははとちゃぶ台の上にコンビニの袋を置く馬鹿。
俺の話の1/10でも聞け。


「さっきまで誰か居たのか?」

二つ並べられた湯飲みを指差してきた。

「俺が誰と居ようと馬鹿タロには関係ないだろ」

それもそうかーと納得してタローは俺の飲みかけのお茶を勝手に飲みだした。

なんかムカついたからギターで殴ってやった。






「そういえばナカジ」

「なんだ?」

「さっき赤い着物を着たすっごく綺麗な女の人が歩いててさ!」

「ほう」

生返事をしてタローの買ってきたココアを胃に流し込んだ。

「見惚れてたらその女の人さ聴き覚えのある歌口遊んでさ、なんて曲だったかな…」


う〜んと足りない頭を絞り暫く考えてタローはアッと気が付いた。

「ナカジがよく歌ってた曲だ!」


俺の曲を……。

「チッ……あの女」

「何?知り合いなのあの美人な女の人と!」

タローは目を輝かして俺に詰め寄る。

「知り合いでもなんでもねえよ」

あんな商売女と付け足して床にゴロンと横になった。
アンタの歌結構好きよ≠ニか言ってたじゃねえか本当の事かよ。

「タローは楽でいいな馬鹿だから嘘吐いてもすぐわかる」

「なんだとー!それはなんか俺が馬鹿ってことみたいじゃん!」

「だから馬鹿なんだろ」

それもそうかーとあははと笑って俺の側に寝転んだ。



あの女も嘘吐きだが俺もかなりの嘘吐きだな。
偽りにとらわれない馬鹿タロが眩しく見えるぜ。


「早く帰れ」

「えー!さっき来たばっかじゃん嫌だよ!」


結局タローが帰ったのは翌日の昼だった。


誰も居ない部屋でギターを枕に呟く。

「嘘だらけの世界も偽りの無い世界も俺には生きにくい」

ギィと返事を返す様に古いドアが鳴った。






end


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