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memoria.
僕らの日常に横たわるそれ



虹。


不規則な断面を見せる硝子の中を、光は走り、屈折して部屋の隅を色付けている。


庭の樹がさざめく。
そよ風が、開け放した窓を通り、伸びた後ろ髪を撫でていく。
その心地好さに目を細め、椅子に背を委ねた。


目の高さで揺れる透明を見つめる。

まるであの人のようだ

そう思う。


光を受けて多様で鮮やかな色を生み出すそれ自身は、色を持たない。
向こう側を透かし此方側をその身に映す。

この世でこれ程あの人に似るものが他に在るだろうか。

僕はこのゆらゆらと揺れる、あの人から貰った欠片が大好きだった。
あの人には勝らないけれど。



パキッ

小気味の良い音と共に、くわえたチョコレートが口の中に甘く広がる。
ペンダントの先の硝子。窓の外と同じ綺麗な青空。

チョコの甘さと香りと硝子の光。
あの人の温かな手。

それがあれば、僕は生きていける。




ガチャ、


細やかな幸せのひとときを中断したのは、ドアの開く音。


「ノックぐらいして下さい」

ドアに背を向けたままモゴモゴと喋り、ペンダントを首に掛ける。

「お前は食べながら喋るな。またチョコレートか?」

振り返ると、呆れたような顔をした雲の守護者が壁に背を預け立っていた。

「うるさいですね、僕の勝手でしょう」

板チョコの最後の一欠けを食べ終えて、ムッと言い返す。

チョコで満たされていた気分が……台無しです


「それが勝手というわけにもいかない。骸…今、何時だ?」

「3時のおやつのチョコの時間です」

剣呑な光を込めた眼に、しれっと応える。

ピキリと青筋を立てる彼女。

「ほう…いい度胸だ」

スラリと抜いたのはいつも背に負う日本刀。
笑顔には違いないが目が笑っていない。

「その鬱陶しい髪…切ってやろう、すっきりするぞ」

「嫌ですよ、願掛けなんですから、これ。僕の7、8年の苦労を水の泡にするつもりですか」

「ああその通り」

うわ…今凄く良い笑顔しましたね……
なんか腹立ってきました…

「いいじゃないか、その願い、どうせ叶うことはない」

「叶えますよ……絶対。」

トライデントを構える。

「無理だ。私が先に叶える」

ガキャッ

消えたと錯覚する程の剣を、真っ向から受け止める。

「あなたはボスの視野にも入っていないと思いますが」

間近の黒い瞳が好戦的な光を帯びる。
負荷がなくなったと思うと身体が沈み足払いを仕掛けてくる。

「…!」

後ろに跳んで避けるが続けざまに横薙ぎ。

ガキッ

脇で弾き、上段からたっぷり遠心力を乗せ振り下ろす。
しかし砕けたのは床――

ヒュオッ

首を反らせるが目の前を掠めた刃に危機感…

「がっ」

喉を掴まれ壁に叩き付けられる。後頭部を強かに打ち、脳が揺れた。

「まだまだ甘い……降参するか」

目の前を星が飛ぶ。しかしその声に従う気にはなれなかった。


「い、や…ですよ……」

手が離れる。
気管が広がり数回咳き込む。

「挑発に、乗るとは…らしくないですね……」

「お前は昔と違って可愛くなくなったな…」

「はぁ、…可愛くなくて結構です…放っといて下さい」

ふてくされてそっぽを向く。
…と、ぱたぱたと足音が近付いてきた。


「…おい、会議に呼ぶだけで何をバタバタ騒いで…」

ドアからひょこりと覗いた呆れ顔が瞠目する。


「をおぉぉィ!?なんでお前ら顔合わせる度にいつも部屋を破壊するまで喧嘩するんだ!!?」

破壊された床と凹んだ壁を見てボスが叫ぶ。

「いつもよりはマシだろう?」

フン、と威張る雲。

「聞いて下さいボス!彼女が僕からチョコの時間を奪おうとするんです!」

「何!?それは許し難い!!チョコレートは一日の動力源にしてその日の疲れを癒す優れ物だぞ!!」

「30分経っても骸が重役会議に来ないから呼んで来いと言ったのはどこのどいつだこのチョコレート中毒患者!!」










なかなか叶わない恋慕と


手強い好敵手


あの人の笑顔





それら危うい均衡は、
血生臭い僕らの暮らしの中に横たわっていた

安らぎのときとして



ゆるゆると



穏やかに。

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あきゅろす。
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