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川蝉の泣く音色
 雨が降っていることも忘れ、ただひたすらバイクをとばした。
 目的地は一番近場のホテル街。
 行き先が決まってから後悔したのは、柚木にどこのホテル街なのか聞き忘れたことだった。
 そんなことを思っているうちにもホテル街に到着した。
 適当にバイクを停め、がむしゃらに茜を探すべくして走り回る。
 人気はあまりないが、ちらほらとカップルを見かけた。
だがその中に茜の姿は見当たらなかった。
 嫌な予感は外れたか。
 そう胸を撫で下ろしたとき、視界の角に人の姿を捉えた。
 それは見間違えようのない髪の色、茜だ。

「おい、あ」

 茜、声をかけようとしたが逡巡した。
 一人で歩いていた茜に声をかけた小太りな中年男に、俺は躊躇った。
 柚木の言葉が脳内で流れた。

「あいつ、売春してたんだ」

 呟き、その場に崩れ落ちた。
 目の当たりにした現状にどう対象したらいいのか、まるで思い付かない。
 どうしよう、どうしよう。
 好きな女が見知らぬやつにヤられる。
 いや、彼女はそれを商売としている。
 どうして。

「茜っ!」

 訊いてみなきゃ。
 訊かなきゃ彼女は何も答えない。
今までもずっとそうだった。
 だから、訊かなきゃ。
 茜は俺の悲鳴に近い呼び声に振り向いた。
その面持ちは驚愕一色に染まっていた。

「茜……何してんの?」
「桐生君こそ何してるの?」

 ぱちくりとまばたきをしながら、彼女は震える声で答えた。

「私、今から仕事なのよ。じゃあ……」

 真っ赤な傘で顔を隠すように言うと、彼女は中年男の手を引いて歩き出そうとした。
 目前を行こうとする二人を追い抜いて仁王立ちし、俺は財布から今月分の給料袋を取り出した。


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あきゅろす。
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