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川蝉の泣く音色
「あんたよりあたしは茜ちゃんのことに詳しくはないけど、茜ちゃんは悪い娘ではないよ。女の勘ってやつだけど」

 怒りのこもった口調で彼女は言い残し、帰ってしまった。
 そんなこと、誰よりも知ってるつもりだ。
半年という短い期間しか彼女とは接したことない。
だがその半年という時間のほとんどを彼女と過ごしてきた。
 彼女は毎日俺のバイト先に父親を連れて来てくれたし、店内にいる時間も増えた。
バイトが終わるまで待っていてくれたこともあった。
 他愛ない会話だってたくさんした。
でも俺は茜の夢は何だと訊かれてもわからないし、彼女の好きなもの、嫌いなもの、年齢、住所、名字すらわからない。
わからない、いや、知らないんだ。
 あれだけたくさん話したり、デートしたりしたのに、俺は彼女という人間を知らない。
知っているのは、茜という名前だけ。
 俺の知る茜は、柚木が知る茜と同じくらいの情報でしかない。
 好きな女のことなのに、俺は何も知らなかった。

「じゃあ俺は茜の何が好きなんだ」

 ぽとりと小さな雨粒が頬に落ちてきた。
 底知れぬもどかしさと、自問自答に心を燻らせながらバイクに跨がった。
 向かう先はまだわからない。
 俺は茜の容姿に一目惚れした。
確かはじめはそうだった。
容姿にばかり囚われて、他に何も望んでいなかった。
 でも今は違う。
彼女の容姿よりも、茜という一人の人間を俺は欲している。
 彼女について説明しろと言われたら俺は口を紡ぐしかない。
でも俺は彼女のころころと変わる百面相のような表情を知り、彼女のドジなところ、バカなところも知っているつもりだ。
 俺は一目惚れして、少して彼女のそういう面に惹かれていったんだ。

 赤信号が青に変わる。

 俺は行き先を見つけた。



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あきゅろす。
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