悲しい結末
「行ってらっしゃい」
いつもと変わらない貼り付けた笑顔で、彼を見送った。
行かないでと言えたら。浮気しないでと言えたら。
言えない私は誰よりも臆病で、愚かで、なんて無様なのだろう。彼はいつだって、他に女がいることをアピールしてくるのに、私はそれに気づいてるのに。
それを問い詰めたとき、どんな反応をされ、どんな言葉を返され、私のことをどう思うのか。それを目の当たりに耳にするのが怖くてたまらない。
結局は、言い訳を聞くのが嫌なだけで、嫌われるかもしれないという不安が怖くて。このままじゃ、どのみち私は彼とは居られなくなる。
なんとか、なんとかしなくては。
彼のいない閑散としたキッチン。水を入れたやかんに火をかけた。
いずれにせよ、彼とは話をしなくてはならないことは明白だ。彼から別れの言葉を聞くのをただ待つだけなら、それこそ今よりも悲しい思いをし、悲しすぎる結末になるに違いない。それなら私から話を持ちかけて、浮気する理由を聞いて……。
「どちらにせよ、悲しすぎるか」
胸が張り裂けそうだった。どうしたらいいのかわからなかった。彼がわからない。私は何をしたらいいの。
茫然自失として、やかんが悲鳴をあげているのに気付いたのは、湯が吹き出してからだった。
私は彼を愛してる。彼はどうなのだろう。
あ、そうか。浮気を問い詰めなくても、この先がどうなるかを知ることはできる。
(勇気を出すのよ)
彼が帰宅した。
時刻は午前一時過ぎ。
彼から漂う、酒と甘ったるい香水の混じった臭いが鼻をついた。
「ねえ」
勇気を出すのよ、私。
「どうした?」
「私のこと愛してる?」
彼は頓狂なことを、と笑って、
「勿論愛してるよ」
と、私を抱き締めた。
その言葉が嘘だとは思えなかったけれど。
「なら、どうして浮気するの」
彼は黙り込んだ。
思わず口走ったことに、私はひどく後悔した。
(言わなきゃ、この先も続いてたかもしれないのに)
END.
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マエツギ
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