死が幸せだと言うのならば
しきりに女は疲れたと漏らす。
生気のない死んだ魚の目ような女は病的までに細く、頭は所々円形にはげていた。
「どうした」
男は眉間にシワを寄せ、不安を露にした面持ちで俯く女の顔を覗き込んだ。
痩けた女の頬は濡れていて、ほたりほたりと大粒の涙が顎から滴っていた。
「もう、疲れた」
女は生きることに疲れ果て、涙していた。
人に裏切られ、金を無くし、大切な人を亡くした女に、もはや生きる気力は残っていなかった。
嗚咽する女を抱きしめようかとも思った男だが、夫を亡くしてすぐの未亡人を抱き寄せるのが、元恋人とは如何なものかと躊躇した末、結局しなかった。
「嗚呼……」
親友に裏切られ、騙されて金を失い、挙げ句の果てに愛する人まで失った女に、男はどう言葉をかければいいのかわからなかった。
「あんた、まだあたしが好き?」
しゃくりながらも女は男に尋ねた。
「ああ、未練がましいが好きだよ」
「好きなら、ころして、あたしを」
お願い、男にすがりつき、女は繰り返す。
──ころして。好きならころして。
「それが……あたしの幸せなの……あたしを思うなら、ころして」
男に殺してくれとすがりつく女の姿はあまりにも哀れで、情けなくて、惨めだった。
それでも男はまだ女を愛している。
男はそっと女の首に手をやる。
「それがお前の幸せなんだな?」
こくりと頷いた女の首を両手で強く絞める。強く、強く。男は泣きそうになるのを堪えながら、力一杯両手に力を込めた。
少しの間、女は苦悶の表情を浮かべていたが、徐々にその表情は薄れ、やがて気持ちよさそうに眠りについた。
眠ってからも女は泣いていた。
「ああぁぁぁあああああ」
動かなくなった女を抱き寄せ、男は喚き散らす。
とめどなく涙を流しながら、ただひたすら喚き、壁に頭をぶつけた。
男は愛していた女を殺した。
男は女を愛していた。
男は女の幸せを誰よりも願っていた。
女を幸せにするには、殺すしかなかった。
「何もできなくてごめんな……」
どうしていいかわからず、男は女の後を追った。
END.
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マエツギ
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