[携帯モード] [URL送信]
死が幸せだと言うのならば

 しきりに女は疲れたと漏らす。
 生気のない死んだ魚の目ような女は病的までに細く、頭は所々円形にはげていた。

「どうした」

 男は眉間にシワを寄せ、不安を露にした面持ちで俯く女の顔を覗き込んだ。
 痩けた女の頬は濡れていて、ほたりほたりと大粒の涙が顎から滴っていた。

「もう、疲れた」

 女は生きることに疲れ果て、涙していた。
 人に裏切られ、金を無くし、大切な人を亡くした女に、もはや生きる気力は残っていなかった。
 嗚咽する女を抱きしめようかとも思った男だが、夫を亡くしてすぐの未亡人を抱き寄せるのが、元恋人とは如何なものかと躊躇した末、結局しなかった。

「嗚呼……」

 親友に裏切られ、騙されて金を失い、挙げ句の果てに愛する人まで失った女に、男はどう言葉をかければいいのかわからなかった。

「あんた、まだあたしが好き?」

 しゃくりながらも女は男に尋ねた。

「ああ、未練がましいが好きだよ」
「好きなら、ころして、あたしを」

 お願い、男にすがりつき、女は繰り返す。
 ──ころして。好きならころして。

「それが……あたしの幸せなの……あたしを思うなら、ころして」

 男に殺してくれとすがりつく女の姿はあまりにも哀れで、情けなくて、惨めだった。
 それでも男はまだ女を愛している。
 男はそっと女の首に手をやる。

「それがお前の幸せなんだな?」

 こくりと頷いた女の首を両手で強く絞める。強く、強く。男は泣きそうになるのを堪えながら、力一杯両手に力を込めた。
 少しの間、女は苦悶の表情を浮かべていたが、徐々にその表情は薄れ、やがて気持ちよさそうに眠りについた。
眠ってからも女は泣いていた。

「ああぁぁぁあああああ」

 動かなくなった女を抱き寄せ、男は喚き散らす。
とめどなく涙を流しながら、ただひたすら喚き、壁に頭をぶつけた。
 男は愛していた女を殺した。
男は女を愛していた。
男は女の幸せを誰よりも願っていた。
女を幸せにするには、殺すしかなかった。

「何もできなくてごめんな……」

 どうしていいかわからず、男は女の後を追った。



END.
9/30


マエツギ

あきゅろす。
無料HPエムペ!