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赤い飲み物

 黒いドレスは君の華奢な身体を浮かび上がらせている。
鎖骨に触れるネックレスが胸元を強調し、足組をするその姿は美女そのものだ。

「別れましょう」

 わかっていた。
 こう言われるであろうことはわかっていた。
だから僕は表情を変えずに、そうだね、と言える。
他に彼女に向ける言葉も見つからなかった。

「愛してた?」

 何か言おうとしたがワインを一口含み、彼女は言葉を吐き出さずに飲み干した。
 彼女の頬が少し赤らんで見えるのは、ワインのせいなのか、頬紅のせいなのか、静かに涙を流しているからなのかはわからなかった。
彼女がどうして泣いているのかも、その時はわからなかった。
 彼女は今まで泣いたことなどなかった。
酔っているに違いない。

「ねえ、私のこと一瞬でも愛してた?」

 零れた涙を指で拭い、彼女は僕を見つめて小首を傾げた。

「愛してたよ。それに偽りはない」
「私は今も愛してるのよ、さようなら」

 ひきつけを起こしそうなぐらい荒い呼吸で言うと、彼女は席を立った。
 じゃあ何故別れましょうだなんて、そう立ち上がる妄想を一瞬したが、少し浮かせた腰をすぐに椅子に戻した。
 何故、なんて僕にはわかりきっている。
昨日つい言ってしまった、君には飽きたからもう会いたくないの一言が、あの元カノとの破局すべてだ。
「気持ちが私にないなら解放してあげるんだから。明日いつもの店で待ってて」
そう言われた昨日がやけに懐かしく感じた。
 彼女が泣いた理由。
それはきっと、僕の気持ちが冷めていたことではなく、僕と別れることに涙したのだろう。

 ――愛されなくてもあなたの傍にいたい。
 ――あなたのためならなんだってできる。

 昔から彼女の口癖だったこれが、僕への愛が、彼女自身を泣かせた。
 愛されなくても僕といたかった。でも僕が会いたくないと言ったから、彼女は僕のために消えるしかなかった。

「バカな女」

 自分のワイングラスが空なのを思い出し、元カノのグラスに手を伸ばす。
 一口。
 それはトマトジュースだった。



END.
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マエツギ

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