ありがとうが言えないまま
愛くるしい君のくりくりの瞳に吸い込まれるように、私は君を見据えた。
でも君は眠そうに、めんどくさそうに欠伸をする。
温かい日には日向ぼっこをして、寒い日はこたつに潜って昼寝。
天気がよければ散歩に出かけて、雨の日は窓から外を眺めている。
そんな自由奔放な君が好き。
「好きだよ」
ぎゅうっと抱き締めれば、ふにゅうと息を吐き出し、苦しいよと笑う。
どんなに私が好きよと言っても、君はいつも頭の上にはてなを浮かべ、首を傾げるだけ。
でも、君はいつだって誰よりも私の傍にいてくれる。
無口だけど、君は私の傍にいて寂しさを感じさせず、絶えず温もりを与えてくれる。
そんな君は私より随分と歳を取るのが早かった。
「ありがとう」
そう言ったときにはもう君はこの世界から消滅していて、空っぽの肉体だけが残されていた。
いつも傍にいてくれたから、それが当たり前だと思っていた私。
君が死んでしまうまで、それが当たり前じゃないことを忘れていた。
「ごめん……」
ありがとうと伝えた時にはすでに君は──
もう傍にはいてくれないのね。
どんな男よりも猫である君を愛していた。
私は君に、恋してたんだ。
END.
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マエツギ
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