To:fool
私は貴方を愛したことに悔いはないよ
その一言だけのメールに、彼女の愛を感じた。
それは必死に働き、こんな俺の面倒を見てくれた、死ぬ直前に彼女から送られてきたメールだった。
そんな彼女が汗水流し働いている間に俺は、あちこちに女を作り、彼女と同棲していたアパートの一室に女を連れ込んだりしていた。
こんな最悪な俺に一生を捧げ、自ら一生を終えた彼女。
なのに今、彼女は棺の中で幸せそうな寝顔を見せている。
「馬鹿な女だよ、お前は」
俺を愛したことに悔いがないなら、何故自ら命を絶ったんだ。
……何故俺を置いて逝ったんだよ。
俺のしてきた行い全てが、彼女を自殺へと追い込んだのに違いはないだろう。
でも愛しているのは事実なんだ。
けれど、彼女にそれが伝わらなかったのは当然だ。
愛してるだけで、その行いに彼女への愛は欠片も込められていなかったのだから。
ふつふつと込み上げて来る自分へのどうしようもない怒りに、顔が赤く染まるのがわかる。
「愛してるだけじゃ駄目だった。ごめんな。こんな俺で」
蒼白とした彼女の頬は冷たくて、握りしめた掌は硬かった。
今更、彼女が死んでいることを実感し、涙腺から溢れ出す涙。
俺は彼女の優しさに甘え、最後の最期まで彼女の苦しみに気付くことが出来なかった。
彼女は俺に何を望み、何のために俺を養い続け、愛し続けたのか、わからない俺はちっとも彼女を見ていなかったんだろう。
愛してる、とこんな俺が彼女に言えば、彼女はそれをどう受け取るのだろうか。
愛してるだけじゃ、伝わらない。
愛してるからこそ出来ることをしてやらなきゃ、何も伝わらないのに。
俺は彼女を愛せていなかった。
自分が可愛くて、彼女に働かせて遊び回ってただけだ。
そこに彼女への愛が何処にあった?
今更彼女に愛してるなんて、ただの言い逃れだろう?
自問自答すればするほど、苛立ちが高まる。
「ちくしょうっ!」
自分の愚かさに怒りは増していくばかり。
彼女が死んだのは俺の所為。
そんなことわかってるはず、なのに彼女が死んだ理由がわからないでいる今、蟠りに押し潰されそうになる。
彼女は俺を愛したことに悔いはないと、なら何故……。
――ヴー。ヴー。
pm7:59。静かな部屋に、やたらと大きく聞こえた携帯電話のバイブ音。
馬鹿ね、貴方の所為じゃないわ。少しだけ疲れただけよ。少し休ませて下さいね。
こんな弱い私を許して下さい。
愛してるよ、おやすみなさい。どうかお元気で
携帯電話を開くと、メールの画面も開いていないのに彼女からのメールが開かれていた。
目前の彼女は生命活動が停止している。
誰かが彼女の携帯電話で悪戯してるに違いないと思い、彼女の番号に電話をかけた。
「この電話番号は、現在使われておりません――」
電話は繋がらず、代わりに機械的な音声が彼女の携帯電話が存在しないことを教えてくれた。
じゃあさっきのメールは……。
慌ててメール画面の受信ボックスを開いたが、最前の彼女かはのメールは消えていた。
あのメールはきっと、彼女からの最期のメール。
彼女の俺へ対する愛は本物だった。
死んでからも尚、俺のことを気遣ってくれた彼女。
俺は愛せなかったというのに、この女ときたら健気すぎだろ……。
「愛せてこそいなかったが、俺もお前のこと愛してる」
彼女が屍になる前に言えばよかったと、言ってから強く思った。
餓鬼の頃からずっと一緒だった彼女を、こんなに愛しく感じたのは皮肉にも彼女が消えた今この瞬間。
彼女の愛に気付いたのも今この瞬間で、俺が彼女を愛していることに気付いたのも今この瞬間だった。
「愚か者だよな、俺」
愛とは見えないもので、それはふわふわと人と人との間に不安定に、けれど存在するもの。
それに気付けない愚か者はきっと、俺のように失ってから気付く愛に自分を咎めることになる。
END.
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