愛、偉大
「別れてほしいんだ」
久しぶりに会えると思って気合いをいれてきた化粧を台無しにさせるつもりなのか、彼は視線を合わせずにそう言った。
突然の別れ話に愕然とするしかない私に彼は続ける。
「別れてほしい理由とか……必要、かな?」
「そうね。私の納得できる理由なら別れるわ」
目の奥が熱い。
溢れそうになる涙を必死にこらえながら、悪びれたふうにこちらを一瞥する彼に聞き返した。
「君と会えない間に他に好きな人ができたんだ」
どしり、と何かがのし掛かってくるような錯覚に私はその場に崩れ落ちてしまった。
会えない間に……遠距離だから仕方ない、と自分に言い聞かせながら怒りだか悲しみだかわからない感情を必死に抑える。
私は会えない期間だってずっと彼を想い続けていた。
けれど彼は違った。
それはきっと仕方のないことなのに、どうしようもなく悲しい。
今、私は彼に何を言えばいいのだろうか。
傷ついたのよ、とばかりに泣きじゃくりながら私はずっと想ってたのに、と伝える?
はたまた大嫌いだ最低だと悲しみと怒りが入り交じった感情をぶつける?
どちらにしても彼は傷ついてしまう。
ならば今も彼を愛している私だからこそ、言える言葉が何かあるはず。
「幸せにしてあげてね、その人」
ゆっくり立ち上がり、彼に視線をやると、私の言葉に驚いたのか目をぱちくりさせていた。
「じゃ、じゃあ……別れてくれるの?」
「うん。その代わり幸せになりなよ」
私がそう言ってはにかむと、すぐに彼はごめんと頭を下げた。
謝らないでと私が笑えば、彼は泣き出してしまった。
「有難う」
最後に彼に伝えた言葉は有難う。
その一言に私は彼へ過去最大の愛を込めた。
たくさんの幸せな時間をくれた彼が大好きだから愛してるから、有難うが言える。
本当は悔しくて辛くて、憎らしくさえ思ってしまうけど、それ以上に私は彼を愛してしまっている。
だからね、有難う。
「じゃあね。幸せになりやがれこの野郎」
悪戯っぽく誇張に笑いながら彼の頭をくしゃっと撫で、私は踵を返した。
「俺こそ有難う!」
歩き出した私の背中に向けて彼が叫んだ。
瞬間にこらえてきた感情が一気に溢れ出し、涙が頬を濡らしはじめる。
精一杯の笑顔で精一杯の愛を最後に伝えられたのに、どうして涙が溢れるのだろう。
もう怒りに似た感情も悲しみも、何もないはずなのに。
彼の幸せを心から祈ってるはずなのに……。
この涙の理由もわからぬまま、私は曲がり角を曲がったところで一人嗚咽した。
END.
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