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死神の涙

 放課後の鎮まりかえった教室。2−B組の教室内は窓から差し込んでくる赤い夕日に染まり、それがなんだか幻想的で不気味だった。

「帰るぞ」

 姿の見えないそいつに、俺は声をかけた。

「どうして? 今日生徒会じゃなかったの」

 そいつは教室の後方、掃除道具を入れているロッカーから返事をする。

「もうとっくに終わってる。いい加減そこに隠れるのはよせよ。時々物音してるぞ」
「だって暗いところって、なんだか安心するんだもの」

 きい、と耳障りな音をたてながらロッカーの扉がひとりでに開く。

 その開いたロッカーの中に、もしもそいつの姿を可視出来たならば、俺はすぐに逃げなければならない。けれど、もしも本当に今日こそそこにいるはずのそいつをこの眼で認めることが出来たならば、俺は自分の命を捨ててそいつを抱きしめるかもしれない。

「お逃げなさいな」

 仄暗いロッカーの中の人影が、いつもと変わらない口調で言った。

 今日が、その日なのか。

 死神が俺に鎌を振り下ろす日。俺を殺そうとしている死神を肉眼で認知出来る日。そして、ようやく惚れた女の顔を見ることが出来る日。

 死神の言葉を無視し、俺はロッカーの前までゆっくりと歩みを進めた。

「バ、バカ! 逃げないと殺しちゃ――」
「死神って、生きてる人間でも触れられるんだな」

 掴んだ彼女の手首は氷のように冷たい。脈は感じられず、唯一人間らしいものと言えば肌の感触だけだった。

「ずっと、お前に触れてみたかった。ずっと、お前を見つめてみたかった。ずっと、お前のことが好きだった。だから、まあお前になら殺されてもいいかなって思う」

 人形のように白い肌に生気は感じられない。白目が見えないくらい大きな漆黒の瞳は、俺の顔を映している。そこに映っている俺は、幸せそうに微笑んでいる。

 そんな俺に彼女は口角を吊り上げて、こう言った。

「仕方ないからこれからもずっと傍にいてあげるね」

 はにかむ彼女の口は耳まで裂けていた。

「死神じゃなくて実は口裂け女じゃないのか、お前」
「違うよ、失敬な」
「今日からベッドの下じゃなくて俺の横で寝ろよ。いいな?」
「死神と夜を過ごすことに怯えないのは君ぐらいだろうね」

 その日を最後に彼女は消えてしまった。



 (君を殺せなかったら、私は星になっちゃうって、言い忘れてたね。あと、私も君が好きってことも、言い忘れちゃった)



end.
10 1019
エデンと融合


マエ

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