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傷愛


「黙秘権を行使します」
「はああ?」

 鼻血を拭いながら、彼女は涙声で続ける。

「お願いだからもう私と別れて」

 俯き、乱れた髪で表情はわからないが、カタカタと歯を鳴らして怯えているのはわかった。

「俺が怖いか」

 ぶんぶんと頭を左右に振って彼女は質問に答えた。

「何もしないから、本当のことを言ってくれないか」

 明らかに怖くないというのは嘘だ。一々嘘をつく彼女をまたぶん殴りたくなるのを堪え、勉めて優しい声音で聞くと、彼女はこくりと頷いた。
 殴ろうと思った。だから彼女の胸倉を掴み、立ち上がらせた。顔の右半分は痛々しく腫れあがり、目を開けることすら出来ないらしく、目は閉じている。

「あなたを嫌いになってしまいそうなの。だから別れましょう。私があなたを嫌いになるその前に」
「……まだ、俺の事が好きなのか」

 仰天し、思わず胸倉を掴む手から力が抜けた。どさりと彼女が崩れ落ちた。
 とっくに、嫌われていると思っていた。頭に血が上るとすぐに彼女を殴り、物を壊してきた。なのに彼女はまだ、そんな男を好きだという。

「暴力を振るうあなたは嫌。でも、普段はすごく優しいから。嫌いになろうとした。でも優しいあなたを見ると嫌いになんてとても」

 こちらを見上げ、ほころんだ彼女。

「俺だって俺だって……嫌いだから殴るんじゃない……」

 殴ってはいけないとわかっているのに、自分を抑えられない。

「今まですまなかった。別れよう。お前が俺を嫌いになってしまわないように」
「愛してるわ」
「愛してるよ」

 彼女を抱きしめると、彼女はすすり泣きだした。つられたわけではないけれど、俺も泣いた。
 愛してるのに、傍にいると彼女を傷つけてしまう。そんな自分が憎くて、でもそれをどうすることも出来ない自分に怒りを燃やし、彼女に愛を抱きながらさよならを言った。

(ふと腕時計に目を落とすと、夕方の五時をまわっていた。彼女と最後に抱きしめあったのも確か夕方の五時だった)


end.
10 0720
エデンと融合


マエツギ

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