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忘却の彼方の私

 降りしきる雨のなか、君と交差点ですれ違う。
 赤の他人だと自分に言い聞かせ、緊張と期待に早鐘を打つ鼓動を鼓膜に響かせながら、私は他人のふりをした。
 君は、私に一瞥もくれず、私を通りすぎた。私に気づいていないふうだった。
 君は子供の手を引き、点滅し始めた信号に急かれて少し駆け足になる。
 そんな君の後ろ姿を瞳に映せたのは、完全に他人になりきれず、君を振り返ったからだ。
 久しぶりに見た君に、本当は少しときめいた。声をかけてくれやしないかと、期待しながら、君に手を引かれる子供を見てそれはあり得ないだろうと嘆息を漏らす。それでもやっぱり少し期待していた。
 期待。いや、声をかけてほしかったのかもしれない。「やあ、久しぶり」という呑気な君の声を、もう一度私に向けて欲しかったのだ。きっと。

(奥様のいる君と恋に落ちて、君が奥様を捨てられないと私に土下座したあの日から随分と時は流れた。その時の流れに、君の中にいた私も流されて忘却の果てに追いやられていたのね)



End.
10 0526


マエツギ

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