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不器用な恋の果実は実る前に熟れて、泡沫。

「ごめんね」
「だいっきらいだ」
「だからごめんねってば」

 くだらないことで喧嘩して、僕は君に背中を向けていた。
 そんな僕の背中に君は行ってきますと言い、仕事へ行ってしまった。
 その後、僕は家事をし、いつもの時間帯に夕飯の支度をして君を待つ。
 リビングのガラステーブルに並んだ料理が冷めて、時計の針はもうじき午前零時をさそうとしている。
いつもなら九時には帰宅するのに、どうして今日はこんなに遅いんだ、と心配が苛立ちに変わるのは愛がゆえなのだろうか。
 時計の針が一時をさした時、静寂に包まれていたこの部屋に電話が鳴り響いた。

「もしもし」

 君からの電話だと思って不貞腐れた口調で取った受話器。
 けれど、それは君からじゃなくて。

「中央総合病院の板倉と申すものですが――」

 その板倉という医師に呼ばれ、僕は病院に向かった。
 気づけば僕は君の隣にあった丸椅子に座っていて、包帯でぐるぐる巻きになった君の寝顔を見ていた。

「ねえ、どうしたの」

 話しかけても反応はなくて、身体を揺すってもそれは変わらない。
 事故。意識は戻るかわからない。今夜が峠です。
医師の言葉が途切れ途切れに脳裏に走る。
 君はこのまま死んでしまうの? 仲直りしたくて、今日はご馳走作ってあったのに。

「帰ろうよ……」

 体温の低い君の手を握ると、あまりの冷たさに涙が流れた。
 今朝、困った顔をしながら笑ってたじゃないか。
なのに今はどうしてそんなに無表情なんだ。

「帰ろうよ」
「ごめんね」

 か細い声の返事に僕ははっとして君の顔を見た。
瞼は閉じたままだけれど、その目からは涙が溢れていた。

「嫌い?」
「だいっきらいだよ! 早く帰ろうよ……」

 君のか細い声に僕は叫びながら言った。
 本当は大好きなのに何故だろう、素直になれない。

「私、もう駄目だと思うの」

 不規則な呼吸。
消えてしまいそうな声。

「ちゃんと働いて、ちゃんとご飯食べてね? 私の口座に少し貯金あるから」
「帰ろうよ……。僕働くからもう君に頼らないから、大嫌いなんて言わないから、素直になるから……帰ろうよ」

 慟哭しながら口を開くが、嗚咽に邪魔されてそれが言葉として君の耳に届いているかはわからない。
 ただ確かなのは、君は静かに僕の声を聞いていた。

「ごめんね、だいすきだ、よ」

 君がそう言うと、狭い病室にぴーっと厭な音が響いた。
不規則に上下していた白い線が水平になった。

「待ってよ、なに、どうしたの。ねえ」

 血の気が引いていく。
微かに僕の手を握り返していた君の手から力が抜け落ちた。
 嫌だ。逝かないで。一人にしないで。
 言いたいのに、言葉がつまって吐き出せない。

「大好きなんだよ……。僕、しっかりするから、死なないで」

 頑張って働くから、頑張って家事もするし、だから……一人にしないで。
 素直に君に伝えたとき、もう君はこの世界にはいなかった。
 どうしてもっと早くに素直になれなかった?
どうしてずっと君の優しさに甘えてしまった?
 どうして……今更、君の大切さに気付いたんだ。

「ごめん、ごめんね……大好き、愛してるんだ逝かないで」

 直に氷のように冷たく硬くなる君にしがみついて泣いた。


 僕の見つめる先には君の脱け殻。
僕の握る手の中には、冷たく、小さい君の手。
 大嫌いと思いもしていない嘘をついた日、君は消えてしまった。
仲直りも出来ぬまま、素直になった僕の気持ちも伝えられぬまま、君は――


END.
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ツギ

あきゅろす。
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