騒音が好き






 何か、これに見合うことわざがあった筈だ。
なんだっけ、とイヴは突然のことに回りきらない頭で考えた。

──青天の霹靂、

そう。そんな感じ。
何事かとぬっくりとあたたまっていたベッドから抜け出そうとした。
が、親指のつまさきがカーペットに触れてからぎくりと体を止めた。


「リンス、トレインの部屋だっけ…‥」


 13歳、しかし実年齢より数倍の知識を持ち合わせるイヴは、本で見た淡い知識を思い起こし目を泳がせた。
既に夜中の四時を回っていた時計を見上げて静かに背中を元通りシーツにくっつける。
それから目を閉じて数秒。
周りの音を確認してみる。
しかし研ぎ澄ませた耳は何も感じ取ることはできなかった。
イヴは逆に背筋に緊張を走らせ、つめたい感覚に身震いした。
なぜなら、トレインの声がしないからだった。
たった一声の霹靂以降、どんな音も、誰の声も聞こえない。
スヴェンの、就寝前のお馴染みのいびきもイヴの耳には届いてこない。
イヴが身を捩らせたときに擦れる布団の小さな音だけが響いた。
それだけで大きな不安となり、しかし足は外へ出れずにいた。
 ここで乱闘の音でもあれば、すぐさまベッドから飛び出して応戦にも出られるのだが状況が全く読みとれない。
たとえ闇討ちだってトレインならすぐに反応できるはずだ(現に、以前寝込みに卵の殻を投げつけたら難なく割らずに受け止められたことがあった)。
 イヴは緊張に体を強ばらせながら、何をすることもできずにただじっとしていた。



***



「リンス、昨夜叫んでなかった?」
「ふぇ?」


 朝食時、いつもより遅く階段を下りてきたイヴは朝の挨拶より先にそう口を開いた。
スヴェンお手製のフランスパンを口に運びながら、リンスは目を瞬いた。
ぎょっとしたような驚きぶりにイヴは少々狼狽した。
やっぱりあれは夢ではなかったのだ。


「な、何?やっぱり何かあったの?」
「あ、うん。やっぱり私、叫んでた?」
「う、うん…‥びっくりして目 醒めちゃったんだけどそれ以降何の音もしなかったから何かあったのかなって」


 話の筋がいまいち見えない様子のスヴェンは疑問符を浮かべながらもイヴの前に小さなオムレツとケチャップを置いた。
 イヴの話しぶりと少し疲れた目を確認したリンスは、気まずそうに苦笑してパンを皿に戻し両手を合わせた。


「ごめんねぇイヴちゃん、起こしちゃったかぁ。叫んだかなーって思ったんだけど、トレインてば何も言わないから気のせいだと思ってた」
「じゃあ、何もなかったんだね。よかった」
「何の話だ?」


 ほっと頬を弛ませたイヴと少し眉を寄せ天井を見上げるリンスを見比べながらスヴェンは椅子に腰を下ろした。
リンスは乾いたような引きつった笑みを浮かべ 背筋をのばした。
そして「夢の話なんだけど」と前置き、コホンとひとつ咳をいれると説明を始めた。


「お風呂に入ってたんだけど、私はドアの向こうにいる人と話をしてたのよ。話の相手は二人の男だったんだけどね。話しぶりから仲はまぁ悪くはないんだろうけど、私の記憶に薄い声。それで、普通に話を続けてたらいきなりガラッとお風呂場に入ってきたのよ。それで──」
「は?!風呂場に入られた!!?」


 急に割り込んできた声に三人は階段の方を振り返った。
その声の主はづかづかとリンスの傍に近寄ってくると上から彼女を見下ろした。
厳しく目を細めて不快そうに眉を顰める。
それは正しく、怒気を表したものだ。


「何だよそれ。俺聞いてねぇぞ」
「だって昨夜の話だもの。大体アンタ私が叫んだのに気づかずにぐーすかやってたじゃない」
「そーゆー時は叩き起こせばいいだろ。いっつもやってくる癖に何で肝心なときお前はいっつもそうなんだよ」
「はぁ?大したことないんだから、起こしたら可哀想だと思ったんじゃない。何怒ってんのよ。ああ、忘れてた。おはようトレイン」
「何怒ってって…お前な!」
「何よ!私が何したってー訳?!」

「…絶対、話が噛み合ってないよね」
「間が悪いのがあいつ等だ。放っとけ」


 軽くためいきを吐き、イヴはもくっとクロワッサンを小さな唇に導いた。
それから静かに口端を上げて喉を鳴らす。
ゆうべなかった分の喧騒が送れてやってきた、と楽しそうに二人の光景を眺める事にした。





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日記再録。
母の夢を参考に(笑)


あきゅろす。
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