ファーストマン








   あいたいです、


 それだけを言うだけに何分もかかってしまった。
さっき電話をかけてしまってから、短い感覚でもって進む針はゆうに5単位みっつ分は過ぎていた。
 多分顔を合わせていたら殴られてただろうと予測した。
だって、下らないことだとは言った本人でさえ思っているのだから。
 けれど口にしたことによって白い息がふわり拡散して同時に桃子の胸に浮いていた靄がさあと晴れた。


『……‥、』


 告げたあとの沈黙ののち、携帯の向こう側から すっかり聞き慣れてしまった呆れるようなため息が聞こえた。
既に激しく打たれていた心拍が更に鼓動をなした。
やっぱり 言わなければ良かった、と大きな後悔の念に捕らわれる。
 棒のまま動いていなかった足をじり、と少し動かして無理矢理に唇を左右に引き延ばした。
取り繕うように瞬時に口にすべき言葉を判断したその時だった。
 電話の向こう側の人が「あー、」と言葉を探すように声を漏らした。


『…‥お前、何で言わないんだよ、』


 声は確かにそう言った。
小さな吐息混じりに、どこか優しげに。
 聞いた途端に腹の底からこみ上げてくるようなものに桃子は息を詰まらせた。
──いつもみたく冷たくあしらわれて終わりだと思っていたのに。

 常日頃から不安だった。
相手は超毒舌の鬼上司で13こも年上でその上外人マニア。
自分は彼の恋人というポジションは持っている筈なのに とても遠すぎる気がしていた。
 柔らかな口づけをしたところで完全に満たされる事はなかった。
彼は優しい言葉ひとつかけてくれないし、「すきだよ」だなんてもっての他。
街中の恋人たちはあんなにも幸せそうなのに。
 自分は多くを望みすぎているんだろうか。恋に憧れだとか、夢だとか そんなものを期待しすぎてるんだろうか。それとも、本当は、
そう思ったことが何度あったか。
それだけの言葉がひどく心を安心させてくれた。
 まずい、涙でも出てきそうだとはらはらしながら通話のマイクに唇を近づけてより受話器を耳に押しつけた。


「だ、だって、怒られたらって思って」
『バカも大概にしろ。んな事で怒ってどうすんだ』
「こんな時間だし、」
『悪いと思うんならもっと前から言え』
「毎日会ってるのにこんなのわがままだし」
『お前の突拍子ないわがままは今から始まった事じゃねぇだろ。今更何言ってんだ』


 毒が回った常の言葉に添えられるのは裏腹な、穏やかで優しい口調。
ひとつずつ言い聞かせられるように低音の落ち着いた声が耳に響く。
 桃子はぼやけた視界を闇に溶かして ぐいと歪みを晴らした。
瞼を開けば歪みの余韻が街灯をきらきら輝かせていた。
すう、と冷たい空気を吸い込んでゆっくり吐き出せば 流れた息と唇は震えた。


「……‥大友さん、」
『ん?』
「──会いたいです。」




──いますぐに
 だいすきなあなたに、

   あいたい、







ファーストマン



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続きは考えてますよ。
裏に持っていきたい感じです。その内裏部屋が出来てるかもしれません。




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あきゅろす。
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