しりとり
→シガレットを咥えた男
それは 不味いチョコレートの味がした
まずくて二度と味わいたくない
そんな記憶
シガレットを咥えた男
「何やってんの、ジョシコーセー」
「お前、ホストか?」
「はは。身も蓋もねぇな」
突拍子までねぇ
そいつは私の質問に肯定の乾いた笑みを返してきた。
夜になればキレイな七色が眩しいこの街も、朝になればなんて事ない ただの汚い場所だ。
私はトテトテ近づくとその横にすとんと腰を下ろした。
普段まじめ一徹な私は今まで学校を休んだこともさぼったこともなんてないけど、今日は休んでもいいかなって。
汚れた町の朝靄かかる午前七時にいつも擦れ違ってた黒のスーツの男。
いつも甘い匂いをふかしている男が、甘い匂いをさせないで階段に座ってる姿を見留めたから。
「で?何してんだィ」
「私、お前のこと知ってるヨ」
「…‥ヘェ」
思ってたとおりなんだか思ってたのより少し低かったかはわかんない。
聞いてみたらすんなり耳に吸い込まれた声音だったから 恐らくぴったりだったんだと思う。
高すぎなくて低すぎなくて心地よい声をしていた。
「いっつもこの時間に煙草咥えてるダロ?あまーい匂いの」
「せーかい。…俺もアンタ知ってんぜ。いつも同じ時間に通りすがる桃の髪色した女子高生」
「フゥン」
話は途切れて横に座ってるそいつの顔をまじまじと見てやる。
ああ、こいつが
ホストって奴か。
今日の黒のスーツには銀色のストライプが入ってて、ワイシャツは鮮やかなバイオレット。
ネクタイはやっぱり黒。
いつも似たような格好をしてるのはこだわりからだろうか。
男は下にずっと続く長い長い階段を見下ろしながら オイ、と声をかけてきた。
「お嬢さん学校は」
「お前を見つけたからやめたのヨ」
「それはそれは、居て悪かったなァ」
「全くアル」
「本当に変な娘さんだ」
乾いた笑いが、耳に届く。
男は内のポケットから濃い茶色をした英字が連なったの手のひらサイズの箱を取り出した。
多分 甘い匂いがするタバコだ。
「一本どうだィ?」
「喉おかしくなるから遠慮するアル」
「大丈夫だって。喉には悪くねェ。ま、鼻には悪いかもな」
「── シガレットチョコ…‥?」
チョコなら確かに喉には優しい。
鼻には確かにアレだけど。
いつも煙草を咥えているけど煙は吐かないのはそういう事か。
「吸えないから、格好つけてんのカ?だっせー逆にだっせー」
「一緒にすんな。煙草は吸うが…この箱の吸うんならチョコのがマシだから入れてるだけでさァ」
そいつはそう吐き捨てるように言った。
箱のパッケージには「chocolate」と綴られていた。
それを認めて何か妙な感じがした。
なぜか、変な気持ちが沸いた。
隣の男はぎょっとしたようにこちらを向いて半分口を開いたまま固まった。
その奇妙な間抜けた顔にふっと吹き出してやる。
「何だヨその顔」
「や、それこっちの台詞。何泣いてんだ」
「泣…‥?」
拭っても掬っても瞼の上から叩いても止まらない。
ぼろりぼろりとこぼれていく涙が唇の角から入り込んでしょっぱいったらありゃしない。
会ったばかりの人間と話しててなんで泣けるんだ。
なんていう屈辱。失態。
「なんだ、コレ…止まんない」
「……‥」
「……‥ぇ、」
ぎゅうと窮屈になった。
大きな腕が私の身体を包み込んだ。
ホストの常套手段かと、やめろと 殴ってやりたいのに手も足も動かない。
目だけがさっきより熱くなって余計涙は止まらなくなった。
「……‥ぐら、」
嗄れた声で何かを呟いた男は、一層私を強く抱きしめた後ようやく解放した。
それでも私の涙は止まらなかった。
「……‥イヤ、悪ィ。ガキに欲情した訳じゃねェから安心してくれィ」
「あ、や。ウン」
ようやく冷めてくる目。
なんだったんだと疑問符を浮かべてそいつを見れば 寂しそうな顔して小さく笑った。
「……‥ありがとう」
私はそれ以上何も聞けずにもう一度 うん と返すしかなかった。
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