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陰間


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お引っ越し前の拍手ログ。ちょいとお江戸陰間もの。苦手な方は見ない方がいいよー。
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水分を含んだ雑巾で板葺きの廊下を拭う。不要なボロ布を使っているとはいえ、裏返してそれ見ると白かった布がもう黒くなっていた。清正は恐る恐る己の足の裏を覗きみる。案の定、雑巾と同じ黒が肌を染めている。

「これで茶屋なんざ言ってられるのかよ」

仕様されなくなった長屋とはいえ、この有り様はあまりにもひどすぎる。埃は宙を舞うわ、壁は板が外れ土壁が剥き出しになっているわで掃除のしようがない。

――まさか埃まみれで客を接待する…なんて言わないだろうな。

「まさかな」

自然と出た言葉に、清正は苦笑いを浮かべる。主人の猿のような人懐っこい顔が頭に浮かんだからだ。

「あの主人ならやりかねないな」

「なにが?」

「わわ!?」

突然の呼びかけに飛び上がる。慌てて背後を振りかえると、半兵衛の姿がそこにあった。清正と同じように
雑巾を手に持っている。半兵衛は清正の顔をじろじろと一瞥し、ふっと笑った。

「秀吉様の悪口でも言うつもりだった?」

「ち、違う!」


――それは断じて違う!

「それじゃ、どうして掃除しなきゃいけないのって思ったとか」

半兵衛の問いに清正は無言のまま視線をそらす。この先輩は侮れない。綺麗な形をしているが、その裏側は人の心を汲み取るなど動作の無い売れっ子の陰間なのだ。

「ねぇ」

そういって半兵衛は、清正のそらした視線の先へ入り込む。

「うんざり、してない?」
どきりとする。
うんざりしてないと言えば嘘になる。
本当は陰間として働くのは嫌だ。この歳で売られるだなんて、なんて惨めなのだろうとも思う。主人である秀吉には良くしてもらっているので恩義を感じるが、それ以上に僅かな金銭で己を売った父に見捨てられた感がいなめない。そう、つまりはそうだ。


――俺は見捨てられたんだ。実の父に。


「清正」

「え…あ…その…」

いつの間にか記憶の海原を漂っていたようだ。半兵衛に引き上げられ、清正はしどろもどろになる。気が付けば目から粒が落ちそうになった。慌てて天井を見あげ、それを制する。

「あのさ、手。出して」

「手?…ってわ!」

唐突に半兵衛は清正の手を引っ張る。雑巾が床に落ちたのと、瞳が合ったのが同時だった。半兵衛は艶めかしい手つきで引き寄せた清正の指と己の指を絡めた。その行為に何の意味があるか分からなかったが、清正はただされるがままに任せる。


――細い。

そう思う。
半兵衛の指は細い。
折れてしまいそうなその細い指で、様々な技巧を施すのだろう。そう思うとやるせなくなる。


「俺と清正は指でつながっている」


だから、と言う。


「だから、清正は一人じゃないよ。俺が傍にいる。清正の指は俺の指だよ」


「何を…」

何を訳のわからないことをいうのだ。


そう言葉に出そうとしたが、何故だか喉で止まった。


半兵衛の指は細い。
相変わらず細い。

だけど、強さはあったと思う。陰間として陽の当らぬところで生きる、強さ。その強さが、清正にとっては優しく感じられた。


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需要さえあれば連載したい陰間茶屋です。

《4月分ログ》




あきゅろす。
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