皇帝と神子
3

 バイゼル公は先代帝の齢近い叔父に当たる。
 自身は玉座に届かなかったものの、その才と人柄は誰しもが認めるところであり、二代にわたる皇帝の右腕として仕え支えてきた。
 またジュペスの幼い頃には教育係を務めた事もある、篤く信を置かれる老賢人だった。

 さすがに彼の人の言葉であれば、陛下も聞き流せまい。──周囲の目論見は一部で当たった。
 バイゼル公の謁見の目的を知った後も、ジュペスは渋々話を聞いていた。近頃では縁談を匂わせただけで、即座に話を切り上げるようになったジュペスの態度を考えると、この点に於いては実に目論見通りだった。


「妻を娶り世継ぎを残すも、立派な国主の務めにございますぞ」

「それは、重々わかっている」

「陛下も婚姻そのものはお嫌でないのでしょう? ならば現世の姫君からお選びになった方が、見目の好みも融通が利きましょうに」

「その通りだろうな。だが諸国の姫から正妃を選べば、畢竟、側室も持たざるを得ないだろう」


 間の悪いことに現在、三国ある神聖国のいずれにも年頃の姫がいる。
 縁談は、神聖諸国のすべてから打診されていた。
 帝国は強大な国家だが、神聖諸国にはどうしても一歩譲らなければならない部分がある。信仰の意味において、神聖諸国は世界中から特別視されているからだ。ここを蔑ろにすれば国際社会で白眼視され、外交に差し障りが出かねない。

 また神聖国のいずれから正妃を娶るにしても、残る二国の姫をそのままにはしておけなかった。誇り高き神聖諸国を無碍に扱えば必ず角が立つ。さりとて神聖諸国ばかりを優遇し国内の有力者らを疎かにしては、後々どんな火種となるか知れない。

 解決には、神聖国のひとつから正妃を娶り、他の外せない縁故から側室を選る──それしかなかった。だが、正妃でないことに不満を抱く者も出るだろうし、側室は膨大な数に上るだろう。



「公。私はせっかくならば唯一の伴侶を得たいのだ。国主たる者の婚姻は、思慕や愛情だけで成立するものではないと分かっている。だが、多くの側室を抱え……妻となる者に不満や不安を覚えさせるのは本意ではない」

「……陛下、」


 物憂げに零された胸の内に、場に控えていた重臣たちは目を瞠った。
 今まで厭だ厭だと駄々を捏ねているだけに思えていた、陛下の考え──まだ見ぬ伴侶に対する、愛情の深さを知って頭を垂れる。
 しかし、幼い頃から陛下を知っているバイゼル公は、殊勝げに見える態度にも騙されなかった。くい、と片眉を持ち上げて、対面する皇帝の眼を窺い見る。


「そのお心は?」

「面倒極まりない」


 そう。面倒なのだ。
 誰を選んでも政治的に揉めそうなことも、後宮で起こり得る、寵を競っての諍いも。
 考えるだけで面倒で憂鬱で、鬱陶しい。


「陛下……」


 悪びれもせずにあっさりと明かされた本音に、重臣たちは揃って膝を着いた。


「どの国にも柵(シガラミ)がなく、拗らせることなく他を黙らせることが可能で、我が国の弱点をも補える。ああ、無駄金を遣わずに済むというのもあったな。斯様に利点ばかりであるから神子が良いと申したのだが、生憎とそこな臣たちには受け入れてもらえなんだ。──この案、公は如何に思われる?」

「……神子は、どのような者が降(クダ)るとも知れませぬ」

「如何にも」

「それでも陛下は神子を伴侶に望むと仰るか」

「唯一の、だ。他は要らん」
「例えば神子が、見るに耐えないような者であっても? 失礼ながら、神子殿が陛下に嫁するを是としない場合も考えられまする」

「年恰好に関して贅沢は言わんぞ。それに、つれない相手をかき口説くのも一興というもの」

「神の怒りに触れるやもしれませぬ」

「それもまた帝国的ではないか」

「ジュペス陛下」


 さすがに今の発言はいただけない。公は窘めるように名を呼んだ。
 ジュペスは肩を竦めてそれに応えたが、すぐにニヤリとして公に訊ねた。


「神子の召喚は、万能の創世神が我らに応えてなさる事。かの方がその必要をお認めにならねば成功せんのだろう?」

「そう伝わっておりまするな」

「ならば試してみるのも悪くないと思わんか」

「──御心に成り行きを任せる、と……?」


 バイゼル公はしばし黙考した。
 利害をつぶさに検討する面差しを、重臣たちは祈るような気持ちで見つめていた。どれだけ理屈を並べたところで、神子を嫁になど畏れ多い事に変わりない。

 声には出さずとも、彼らの心はひとつだった。
 老賢人と名高い公ならば、きっと陛下をお諫め下さる。きっと我らには思いつかぬような、四方が丸く収まる策を出してくれるに違いない。

 やがて面を上げたバイゼル公は、無言で訴える臣らと目を見交わし、深く頷いた。




「──宜しい。神子の召喚を執り行いましょう」



 他方の目論見が、呆気なく崩れた瞬間である。


 

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