皇帝と神子
5



「……うん。決めた」


 暫くして眼差しを上げた神子は、徐に居住まいを正して公に向き直った。


「結婚をお断りしたいので、召喚の儀式とやらの、やり直しを要求します」

「神子様…?」


 突飛な言葉に、公は急に夢から引き戻された心地だった。「はて、今のは聞き間違いか」と驚く自分をひた隠し、慎重に聞き返す。


「やはり、見ず知らずの者と夫婦になるのは、お厭でしょうかのう」

「それもありますけど、俺の中では、結婚は男女が行うものだって意識が強くて」


 恋愛や結婚が同性同士でも成立し得るのは解っている。けれども神子の住んでいた国では異性婚が当然とされていた。その文化の中で育ったのだ。神子もまた漠然と、まだ見ぬ伴侶を無意識の内に女性と限定してきたのである。
 皇帝は神子であれば他を問わないつもりのようだが、彼は同性と寝床をひとつに出来る人間なのかも、疑問だった。そんな事態になった時、笑い転げるか鳥肌を立てて拒絶するか、自分ならどちらかだと神子は思う。
 これでは夫婦の務めはまず果たせない。それ以前の問題として、彼らの場合、励んだところで結実する日は永久に来ないのだが。


「我が国の婚姻法では、特に性を限定してはおりませぬぞ」

「だけど、皇帝陛下の求める“唯一”が男じゃあ、不味いでしょう?」


 自分が“嫁”になりようはずがない。それが神子の結論だった。
 幾ら考えても神子は男性と懇ろになれる気がしなかったし、帝国側の求める人材からもかけ離れている。



「仰る事はごもっともですが…。だからといって再度の召喚を神子様がご希望になる、その理由が、儂にはとんと思い至りませぬ」

「……まあ、行き掛かり上、ですかね」


 首を傾げるバイゼル公に、神子は曖昧な笑みを返した。性分だと言って、納得してもらえた例がなかったからである。

 提言は、神子が己の性格をよく把握しているからこそだった。

 公は明言しなかったが、国主と地位ある人が揃って選んだ方法は、賭けのような禁じ手だと、神子は理解していた。外交にも絡む大事にそのような手段に頼る、彼らなりの窮状は推して知るべしで、知ってしまった以上、無関係を貫けばきっと痼りになって長く残る。
 今回の件で、ジュペスとバイゼル公が危うい立場に立たされ得ると、容易に想像できてしまうのもいけなかった。召喚を強行したこと。一応の成功を収めたとは言え、やって来たのが目的に適う者とは言い難いこと。これらを批難する人間は、国内外に現れるだろう。

 既に行ってしまった召喚を正当化し、人々の不満を抑えるには――神子自身が後に憂うことなく、渦中から外れるには――花嫁に相応しい、妙齢の女性の神子が必要だった。


「そちらも念願叶うし、俺の精神的にも優しい。ね? 悪くない案だと思いませんか?」

「女人が降るとは限りませなんだ」

「そりゃ、そうですけど」


 希望が通ったところで、一種の賭けには変わりない。それは神子も充分承知している。本当に女の神子を呼べるのか、その人物が求婚を受けるのか。これらは実行するまで不確かなままだ。


「でも、可能性は高いと思いますよ」


 けれども神子には妙な確信があった。結婚に関してはジュペスの腕次第だが、神子の推理が合っているならば、次に召喚されるのは女性のはずなのだ。
 口調に滲む自信に、公から疑問の声が上がる。それに神子は、躊躇いなく答えた。


「間違ってるからです」

「間違い……で、ございますか」

「男同士じゃ、逆立ちしたって跡継ぎを望めないでしょう。なのに寄越されたのは俺。これって神様が人を誤ったとしか思えなくないですか? だから改めてお願いしたら、間違えた人選が正されると思うんですよね」


 万能の創世神がなさる事に間違いなど――反駁しかけた口は、驚きに制された。
 聞く人によっては冒涜と取られかねない発言だが、神子に神を貶める意図はない。誰しも間違う時はあるし、間違いに気付いたなら正せば良い。他意なく心底からそう思っている。

 時に神を嘲笑うような真似をする、ジュペスの身近にいるからこそ、バイゼル公は明確な違いに気が付けた。さすがは神子様、この世界の住人にはない発想をされると、驚きは感心に変わる。だがその柔軟性は同時に、神子がこの世界に疎いことを明らかにするものでもあった。


 

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