唐紅に
8


 俺の知らない人が、俺を知っている事が恐ろしい。

 自分に向けられる視線に、知らず息が詰まる。

 どういう話題にしろ、注目されるのは、怖い。



 一般的なようでいて少々病的なこの感覚を、言葉にして伝えるのは難しい。
 俺の中でも曖昧なのだ。いつから視線を気持ち悪く感じるようになったのかも覚えてないし、その切っ掛けもはっきりしない。


「……じゃあ俺らがこうして見てんのも、結構キツいんじゃないか?」


 ぽつぽつと話す俺に、加瀬が気遣うように尋ねた。


「ううん、大丈夫。他人の視線すべてが駄目って訳じゃないんだよね」


 大勢の中で注目を浴びて、平静でいられる場合もある。逆に、一対一で接する相手の目が怖くて仕方ないこともあった。

 耐えられなくなる一線が、どこにあるのか。
 それを見極めようとしても定かでなくて、対処に困っていたりするのだ。

 ただ確かなのは、集団に埋もれて地味に生きていれば問題ないだろう、ということ。
 その為には人に顔や名前を覚えられないのが一番だというのが、経験から学んだことだった。

 地元ではそれも難しく、だからこそ新天地では、存在感の薄い地味な生活を希望している訳だ。俺が目立つ奴と一緒に居たら意味がない。



「……まぁ要は、俺はエアーな存在で宜しく、ってことで」


 他に言いようがなくてそう締め括ったら、加瀬は口を尖らせて、ガシガシと髪を掻いた。その顔にはありありと困惑が浮かんでいて、引かれてしまった事を覚悟する。

 俺だって初対面でそんな事を打ち明けられても困るだろうし、仕方ないよなぁと肩を落としたのだけど。


「それ滅茶苦茶難しいぞ」


 続けられた言葉にポカンとなった。


「だから、難しいって。エアーな存在になりたいっつってもさ、“様付き”を二人も引っ掛けた段階で無理だって」

「や、え、……あの、引かないの?」

「なんで? 理由ないし。事情なんて人それぞれだろ?」


 加瀬は気負った様子もなくさらりと言ってのけると、俺の頭をぽんぽんと撫でる。


「つーか、コタ、方法はまぁ後ろ向きだけどさ、どうにかしようって頑張ってるんだろ。俺、頑張ってる奴って凄ぇ好きだぜ?」

「……!」


 くしゃりと顔を崩して笑う加瀬が、物凄く、物凄く格好良く見えた。

 やばい。今ならキャーキャー騒いでた人たちの気持ちが解りそう…!



「加瀬…」
「──……オレっ」


 危うく「一生付いて行きます」と言い掛けた俺の科白を遮って、トールちゃんが叫んだ。
 そういえば今まで黙り込んでいたのに。何事かと向き直る。

 トールちゃんの身体は小刻みに震え、括られた前髪がふよふよと揺れていた。
 その目許は濡れてはいなかったけど、微かに紅い。激怒しているようにも、泣くのを我慢しているようにも見える表情に、加瀬も僅かに目を見張る。


「コタ、コタ……オレね、」


 眉尻を下げ、うるりと目の縁を滲ませたトールちゃんは、はくはくと何度か唇を戦慄かせた。


「ト、トールちゃん?」


 思わず身構えた俺の両手をがっしりと握り込み、トールちゃんは





「っオレ!!  ……フセーホンノーに目覚めたかもぉ…!」


 と、雄叫びを上げた。


 

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