唐紅に
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 殆どが持ち上がり組で構成されている明芳高等部では入学式を行わない。

 事前説明会は入学式の代わりも兼ねていて、どっかの偉いさんからの電報による祝辞が読み上げられた。あとは学園の理念や規則の説明。
 この学園は成績によってクラスや待遇に違いがあるが、勉学だけでなく行事への積極的な参加や部活動を通じて学友との親交も深めて欲しい云々。


「今年は例年になく、多くの新入生を迎えられた事を本当に嬉しく思います。皆さんが本学にて個性と才能を伸ばす事を期待しています」


 柔らかな声音で続く話に眠気を誘われていた俺は、その科白に驚いた。

 外部生が五人って多かったのか。
 だったら内部生にとって、外部生は本当に珍しいだろう。

 俺は高校生活を、目立たず地味に満喫したいと願っていた。でも少ない外部からの新入生は、珍獣のような存在かもしれない。見世物パンダみたいに扱われたら、やだなぁ。


「新学期は七日からです。在校生同様、朝は各自のクラスに直行するように。それでは表に寮長が待っていますので、あとは彼の案内に従って入寮して下さい。解散」


 でも逆に外部生同士、連帯感というか仲間意識とか生まれ易くなるかな、と期待したところで、パンと手を打つ音がした。俺たちは全員、夢から覚めたみたいにはっとして立ち上がる。


「ああ、春色君はクラス分けの説明があるから残って」


 皆と出口に向かっていた俺は理一さんに呼び止められた。

 クラス分け。
 そういえば自分が何組になるのか知らない。

 他の外部生と話すのは後回しになるけど、仕方ないな。──頷き留まった俺を、真面目君が睨むようにして出て行った。





 扉が閉まると同時に理一さんが椅子を立った。一人掛けのソファの横に突っ立っていた俺は、手を引かれてデスク正面の三人掛けソファに移る。


「改めて。紅太、入学おめでとう」


 隣に座った理一さんは、言うなり俺をぎゅうと抱きしめた。


「よく頑張ったね」


 抱きしめたまま片手で俺の頭をポンポンと撫でる。
 小さい子供にするみたいな行為だけど、俺は理一さんに頭を撫でられるのが好きだった。物心付く前から、こうしてスキンシップをとってきた相手というのもあるし、理一さんの持つ優しい雰囲気が凄く心地好い。
 うう、ラスボス扱いしてごめんなさい。


「すっげ頑張ったよー」


 俺は腕の中で正直に言った。

 進路が勝手に決まってから、俺は理一さんが置いて帰った過去問やら、市販されている虎の巻やらをひたすら解いた。通うつもりのなかった塾にも通って、死に物狂いで勉強した。
 学校の先生も塾の講師も「そんなに不安がらなくても春色なら大丈夫だぞ」と言ってくれたけど、明芳のレベルの高さを知れば知るほど俺の中で不安は大きくなって、勉強せずにはいられなかったのだ。

 でももう、受験なんて懲り懲りだ。


「もうね、大学は推薦で行ってやるって誓ったね。俺は」

「そんなに頑張ったんだ? お疲れ様」

「ありがと。……でも、りっちゃんもいるし、爺ちゃんの希望だったしさ」


 可愛がって貰ってる孫としては、ちょっとした恩返しの気分でもあるのだ。

 おどけた俺の肩を両手で掴み、理一さんが顔を覗きこむ。


「あぁ、すごく複雑な気分…」

「え? 何?」


 理一さんが呟いたのだけど、聞き取れなかった。


「ううん。紅太が来てくれて、俺も、嬉しいよ」


 至近距離でふんわりと笑まれて、俺は不覚にもドキドキしてしまった。


 

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あきゅろす。
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