唐紅に
4

 この学園には同性を恋愛対象にし得る人が多い、とは既に聞いた。そりゃ実際に同室者がそうだと言われるのは、不思議な気がしなくもないけど、此処じゃそれも“普通”のはずである。
 それにトールちゃん自身だって、多分だけど同性もオッケーな人のはずで、なのに「怖い」と言うのは変じゃない?



 何をどう言ったら良いか判らずに、俺は加瀬に助けを求めた。半ば放心状態にあった彼は俺の視線に気付くと、苦虫を噛み潰したかのような渋面で、ガリガリと頭を掻いた。


「あー、あのな。館林は真性のゲイなんだよ。しかも少数派の」

「うん」

「その………自分よりもゴツイ、男らしい男を組み敷くのが好きっつう、恐ろしい趣味をしていてだな…」

「はあ」

「そー。コタよりも断! 然! 加瀬のが好みなの」

「あ、加瀬さん、もしかして…」

「ない! 何もないぞ!?」


 凄い怖がりようだから、組み敷かれた経験でもあったのかと思ったら、加瀬は真っ青だった顔色を更に悪くして否定した。あんまりにも必死過ぎて、逆に疑わしいんだけどなぁ。


「加瀬はちょーっとセクハラされたくらいだよねえ」

「ば…! ケツ鷲掴みにするのがちょっとかよ! ありゃ通り魔と変わんねぇよ!」


 俺に対する純然たる厭がらせだ! と叫ぶ加瀬を、トールちゃんは「まー、そーだけどお」と可哀相なものを見る目で一瞥する。


「しゅーへーが『アニキー!』ってタイプを好きなのは本当。だからコタは大丈夫って安心してたのに、のに、……ぅ、………うぅー…」


 本日やたらと情緒不安定な金髪は、またもや目を潤ませてしまった。でっかい垂れ目はうるうるで、今にもぽろぽろ涙を零しそうで、無条件に頭を撫でたくなってしまう。

 自重せずに柔らかい金髪に指を差し込んだ。ゆっくり、ゆっくり、何度も梳くようにして撫でる。恨めしげに見上げていた視線が徐々に下がり、閉ざされる。

 全身で「しょんもり」を表した彼は、不貞腐れ気味に唇を尖らせた。


「コタが鬼畜王の餌食になるのはヤダよう…」


 真面目な顔でけったいな単語を繰り出すのは本当に勘弁して欲しい。
 顔を跳ね上げ強く睨まれてしまったけれど、思わず噴出した俺も加瀬も、悪くないと思うんだ。



「笑い事じゃないってばー! しゅーへー、コタの事“男もオッケー”って思っちゃったんでしょお!? だったらコタの意思なんて関係なしに、ぺろんって剥かれていただきますされちゃうかもなの!」


 俺たちが笑った所為で、しょんもりから一変、トールちゃんは憤慨モードに入ってしまった。


「だから近寄る、ダメ、絶対!」


 どこぞの啓発ポスターかよ。

 真偽の程を確かめるべく加瀬を見ると、誤魔化すように額を押さえていた彼は、何とも言い難い表情を浮かべてコクリと頷いた。


「横暴っつーか……そういう相手の扱いが酷いっつーのは、よく聞く。殴る蹴るを含めて」

「そーだよお。ヤり捨てじょーとー! 鬼畜マンセー! ってゆーのが、しゅーへーなの!」


 どういう中学生だったの。その突っ込みは内心で済ませた。
 爛れた生活送ってたのなと呆れたけれど、あの同じ歳とは思えない色気を目の当たりにした後だからか、何となく納得出来た。館林はきっとモテる。

 ただ、寝た相手に対して暴力を振るうというのは、違和感があった。どこが、とは言えない。見た目だけならすぐ実力行使に出そうだし。けど、興味ないモノに対しては、指先ひとつ動かすのも面倒臭がりそうな気がした。



 俺自身は冷然と拒絶されただけ、だからかな?
 運が良かっただけで、本当なら蹴り飛ばされたりしてたんだろうか。


「あ、あ、あ! コタ今、しゅーへーの事考えてるでしょお!」


 俺に関してのやたら鋭敏な嗅覚を持つ金髪が、テーブルを叩いて指摘した。挙句に「金輪際近寄るな」だとか「視界に入れないで」だとか言われて、苦笑いになる。


「視界に入れるなって、そんな無茶な」


 同室者なのだ。私物を置いている寮室に、お互いまったく寄り付かない訳にはいかない。
 会話は向こうから避けられそうだけど、リビングでかち合ったりくらいは有り得た。

 しかし自分が無茶苦茶な事を言っていると解っているだろうに、トールちゃんは譲らなかった。拳を握り締め、キリッとした顔で「ダメ」と言い張った。


 

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