唐紅に
3
「あ、悪い。余りの気持ち悪さに、つい」
どれだけ宥め賺してもぐずっていたトールちゃんを、帰宅した加瀬は一発で俺から引き離した。もう、本当に一発。トールちゃんの脳天に拳を落としたのだ。思いっきり入ったのか、本格的に目を潤ませたトールちゃんは、声もなくソファの上でのたうち回る。
金髪の反応に、薄らと赤くなった手をぷらぷらと振っていた加瀬は、ひょいと肩を竦めた。まぁ、割といつもの事、である。
「……大丈夫?」
でっかいたんこぶが出来るだろうなぁ。さすさすと殴られた近くを撫でてみた。ら、手触りの良い金髪が、すり、と押し付けられた。
「ココにちゅーしてくれたら、だいじょーぶくなるかも」
「ああ、じゃあ、是非そのままで」
「ほんとにな」
ココ、と、脳天を指差した金髪を、また加瀬が叩いた。
「コタも甘やかし過ぎだって。こいつ、つけあがるって言ったろ?」
「今後はスパルタ頑張ります」
「ヤダ! 加瀬、この、お兄ちゃんめ!」
「悪口になってねーし。そりゃ単なる事実だろ」
脛を蹴るトールちゃんの脚を、加瀬は無造作に掴んで止めた。さすが四人兄弟の長男。あしらい方が手慣れてる。
止められたトールちゃんは、拗ねたように俺の脚へと額を乗せた。
「コター、加瀬が虐めるぅ」
甘えた声で言うくせに、ぐりぐりと額を押し付ける力はやけに強い。
「うっせ。……で? 何でこいつ、こんなキモイ事なってんの?」
「や、それは俺が訊きたい」
等閑に頭を撫でながら、うつ伏せるトールちゃんを窺う。
大人しく撫でられていた金髪は、ピクリと肩を揺らすと、膝に顔を埋めたまま叫んだ。
「コタがいやんあはんってしちゃったからだもんー!」
「はぁ!?」
声のハモった加瀬がぎょっと目を剥いて俺を見る。俺も多分加瀬と同じような顔をして、トールちゃんを見下ろした。
いや、だって、フシダラより酷い。
「お願いトールちゃん。もっと適切な表現で」
「おとーさんの受けた衝撃は、これ以上のモノでした」
「ごめんって。言葉が足りなかった。けどその言い方は、」
「オレ、ちょーショックなんだからね!」
「あ、うん、それはトールちゃんの早とちりっていうか…」
「早とちり!? でも『キョーミない』ってゆわれたんでしょお!?」
「や、まあ結果的にはそうなんだけど」
「ほらぁ。もー、加瀬も何かゆってやって!」
平行線を辿る会話に焦れたのか、トールちゃんがようやく顔を上げ、加瀬を呼んだ。俺もつられて加瀬を見る。
無言の加瀬は、凄く真面目な表情で俺たちを見比べていた。
「……インスタントでいいな?」
「……? 加瀬さん?」
「話長くなるんだろ? メシ食いながら聞くよ」
疲れたきった溜息は、空腹の所為だと思いたい。
俺の話は、加瀬買い置きのカップ麺を啜る間に終わった。今度は誤解を招かないように、慎重に言葉を選んだと思う。
「──って、ことだったんですけどね。……って、二人とも?」
あらましを聞き終えた二人は、見事に真っ青になっていた。大騒ぎするかと思っていたから、ちょっと心配になる。
「………マジか……館林が…」
「…………油断したぁ…」
館林が怖いと言う加瀬の反応は解るとして、何故にトールちゃんまで?
てゆか、
「油断?」
ぱふん、と口を押さえて、判り易く「失言でした」と示したトールちゃんを促す。何度も「怒んない?」と確認して、金髪は一度、覚悟を決めるかのように唇を噛んだ。
「しゅーへーはねぇ、ガチな人なのねん」
「がち?」
「そー。ガチゲイなの。……ね? 怖いでしょお?」
「…………」
言っている内容は理解した。けど俺は、やっぱり首を捻ったままだった。
それは、とても今更な話だ。
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