唐紅に
2
「メールしたでしょ? その後、館林と会いまして」
「……は!?」
それだけしか言っていないのに、トールちゃんは目をまんまるにして叫んだ。
「あ、館林な、金髪じゃなくなってたよ」
「えええオレ聞いてないー! しゅーへーのバカ! おバカー!」
帰寮か、髪の色か。
や、どっちもかな? 判り易く憤慨するトールちゃんは、どうやら本当に、館林から「そんなに嫌われてない」らしい。連絡がなかったと嘆くのだ。普段は連絡があるって事だろう。腐れ縁だと言っていたけど、案外親しそうだ。
……あの、色々きっついお兄さんと、友達やれるって凄いなぁ。
腰に回る腕を外して、座り心地の良いソファに移る。
ぶちぶち零しながらも、トールちゃんはしっかり俺の後ろについて来た。
「しゅーへー、どーだった? 意外と怖くないっしょ」
「まぁ、うん。怖くはなかった」
「上手くやってけそ?」
覗き込むように窺うトールちゃんから、俺はそっと視線を外した。うう、にこにこしてんのに、期待を裏切るようで申し訳ない。
「コタ?」
「……あー……難しいかも?」
「え、どして」
金髪の目が「詳しく教えなさい」と語っていた。
…………。
ありのままに話したら、きっとトールちゃんは騒ぐ。また「危機感が足りなーい!」とかって言われる気がする。せっかく王子の突撃訪問を話さずに済みそうなのに、説教の危機再び、だ。
トールちゃんの説教は長い。今始まったら、夕飯を食いっぱぐれる可能性があった。夕飯の為、何をどう話すか、緊急に脳内会議が開かれた。これ現実の時間にして、およそ数秒。
「……ちょっとした事故と誤解があったんだよ。その結果『興味ない』って言われたんです」
寝惚けた俺の所業とか、館林の科白とか、説教スイッチを押しそうな部分を丸々端折った説明は、我ながらひどい出来だった。もうちょっと頑張ろうよ、俺。
「えっと、だから、仲良くなるのは難しいかなぁって、」
さすがにこれはないと思い、言葉を足す。が、既に遅かったらしい。
「……コタって、しゅーへーみたいな男がタイプ?」
「へ!? どっから出た意見!?」
「だってしゅーへーが『興味ない』ってゆったんだよね? それって、しゅーへーが誘われて、断る時の常套句だよお? って事はぁ、コタがユーワクしたって……うわぁん、そんなのヤダー!」
「ちょ、ちょい待って! タイプって何!? てゆか誘ってません!」
トールちゃんは愕然とした面持ちで、空恐ろしい事をつらつらと垂れ流す。と思ったら、自分で言ったことにショックを受けたのか、ついには泣き出してしまった。や、泣いたって言っても、涙ぐむ程度だけど。俺を慌てさせるのには充分で、手が宙を彷徨う。
「いつの間に染まっちゃったのぉ!?」
必死に否定したのにスルーして、金髪は俺の肩を掴んだ。
「そんなフシダラな子に育てた覚えはありませんー!」
「や、あの、育てられた覚えがないからね? てゆかフシダラ言うな」
「手塩に掛けたのにぃ! おとーさんは悲しいっ」
「あー、も、落ち着け…!」
そのまましがみついたトールちゃんの背中を叩く。
宥めるつもりで軽く、何度か背中を叩いたら、一層強くしがみつかれてしまった。
な、何で?
トールちゃん的に、俺がゲイロードに参加するのはタブーだったの?
いや参加してないけど。誤解だけど!
つーか『興味ない』が、奴が誘いを断る時の常套句だったとは意外だった。正確には『ヤれない相手には興味ない』だったし、これだと全然意味が違って聞こえると思うんだけど、今訂正するのは却下した。
これはこれで絶対に、あらぬ妄想の暴走を招く。
何より、顛末すべてを話すにしても、まずはでっかい子供と化した金髪を、落ち着かせることが先決だった。
くそー、館林と俺の馬鹿!
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