唐紅に
2


 何とも答え辛い質問にどう返したものかと悩む。下手な答え方をして長居されたくない。が、無難な答えを捻り出そうと唸っている俺を見て、王子は堪えきれなかったように小さく噴き出した。


「ごめん、意地悪だったね。冗談だよ」

「はあ」


 冗談下手ですね。判り辛いです。……そう言えたらスッキリするんだろうなぁ。

 人形みたいに整った王子の顔をちらりと盗み見る。相変わらず綺麗でキラキラしてて、そんな人が自分の部屋にいること自体が冗談のように思えた。



 俺はこの先輩を、好悪を抱くほど知らない。けどトールちゃんや西尾先輩が口を酸っぱくしていた所為か、はたまた何時ぞやの食堂での所為か、どうにも警戒心が先に立つようになっていた。悪い人ではないと思うのだけれど、色々と。


「ああ、そうだ。聞きたかったんだけど、春色君は食べ物の好き嫌いってある?」


 うん。ほら、今の流れでこういう質問しちゃうとことかね。
 まだ食事の件を諦めてないのがバレバレの問い掛けに、正直に答えるか迷った。


「心配しないで。君を誘うのは、ちゃんと『心配する人』に許可を取ってからにするよ」


 迷っているうちに、また、王子が話を進めた。俺に答えなど求めていないのかもしれない。そう思えばまだ気が楽になる。だけど、それなら早く帰ってくれないかな。



「ええと、じゃあ、」

「息抜きがしたいんだ。僕も春色君とお話したい」


 俺の玄関に向けた視線には触れず、王子は俺を見つめた。その目は期待に満ちていて、帰って欲しいと願うばかりの俺には気不味いものがある。


「それ、息抜きになりますか?」

「なるよ。僕は楽しい。それに君といっぱい話した、って言ったら、野上が羨ましがるだろうしね」


 楽しそうに、愉快そうに、王子様は目を細めた。
 会長が羨むとは思えないけど、どうやら王子は昼間のことを根に持っているらしい。


「で、春色君の好きな食べ物は?」


 意外に子供っぽい事を言う王子は、やっぱり俺の返事を待たずに話し始めた。










 密かに危惧していた新歓関係の話に、王子は一度も触れようとしなかった。

 西尾先輩曰く、王子が俺を探していたのは、新歓で同じ班になる了承を得る為である。

 風紀の情報が本当なら、俺がどう返事しようとも関係ない。王子の中で同じ班になるのは決定事項だからだ。しかし王子的には、事前に了承を取り付けていた方が何かと事を進め易いのだという。


『だから絶対に捕まンなよ。ありえねーけど、俺らの小細工が通用しなかった時、その場凌ぎでもオマエが認めてたら、面倒臭ぇ』


 西尾先輩にはそう念を押されていたけど、捕まっちゃったものは仕方ない。
 後はせめて「新歓の話だけでも回避しなきゃ」と、気負っていただけに、王子の態度に拍子抜けした。



 好きな食べ物。最近あった、面白かった事。

 家族構成に、地元自慢。



 話はお互いの事に終始した。

 身辺調査もどきの多くの質問に、俺が答えるだけ王子も自分の事を話す。
 その中で、王子はやっぱりダブルなのだと知った。お母さんが北欧の出身なのだとか。

 王子のご両親はどちらも大層な資産家の家系の出らしく、王子は生粋のセレブリティ。彼がさらりと話す“日常”は、俺には絵空事のように聞こえた。この学園では珍しくない話なのかもしれないし、宇城の爺ちゃんたちも大金持ち(のハズ)なんだけど、誕生日に別荘を貰うとか、専用機で移動とか、意味が解んない。

 別荘って借りるものでしょ? 専用機って、大統領しか乗れないんじゃないの?


 

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あきゅろす。
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