唐紅に
平民視察

「だって、ずるいじゃない」


 ペットボトルさえも高級品に見せる王子は、そう言って口を尖らせた。


「野上は昼に、君と会ったんでしょう? 僕には駄目だって怒ったくせに、野上だけ息抜きするのはずるいと思わない?」

「はあ、」

「うちが忙しいのだって、元をただせば定員割れを放ってる野上の責任なんだよ。僕たちだって偶には休まないと。彼に付き合ってたら倒れてしまうよ」


 仕事しなくて良いのかよ。──寛ぐ王子に遠回しに訊いたのは、ささやかな親切心と、帰って貰う口実になるかも、という、下心からだった。一段と濃くなっていた会長の隈を思い出したという部分もある。「小森が逃げた」とも言っていたし、下手すりゃ王子は、昼休みからずっと仕事をしていないかもしれないと思った。



 が、返って来たのは憤懣やるかたないといった調子の、先程の科白だったのである。

 愚痴ともつかない内容に返事をしかねた俺をどう思ったのか、王子は口を尖らせたまま小首を傾げた。


「聞いた事ないかな? 今期の役員って二人欠けてるんだよね。庶務は適任者がいなかったんだけど、もう一人の副会長は、就任直後に留学しちゃって」


 子供っぽい表情も魅力にしてしまう王子様は、だから大変なんだけど、と繰り返す。


「あの、だったらこんな所に居るのは…」

「ん? 大丈夫だよ。僕の分は終わったし、他を手伝うにしても、まだ手を貸せる段階じゃなかったし。それに今日は、春色君を食事に誘いに来たんだ」

「……はい?」

「ああ、何も、今日これからって訳じゃないよ。空いている日を教えて欲しいんだ」


 先延ばしにして忘れられたくないからね。



 悠然と微笑んだ王子に、俺はぱかん口を開けた。



 本気かこの人。いや本気だからと叫んでいたのは覚えているけど、あれを真に受けろと言うのは無理があるだろう。大体、どうして俺と食事?


「連休前はお互い忙しいだろうから、そうだな……連休の直後か、定期試験の後はどうだろう。もう予定が入ってたりする?」


 手帳を開いた王子は、こちらの戸惑いなどお構いなしに、万年筆の尻で二、三の日付を指し示した。スケジュールがびっしりと書き込まれた手帳は、何だか紙面が黒い。

 書き込みには学外での予定らしきものもあった。多忙な人なのだ。余計に俺に構う理由が見えなくなって、知らず呻いていた。


「……都合が合わないかな? だったら、この日はどう?」

「いえ、どちらも予定はないんですけど」

「けど?」

「あの、ごめんなさい。せっかくだけど、行けません」


 断られると思っていなかったのか、束の間王子は絶句した。

 しかし、である。俺にしてみれば、受ける必要のない話なのだ。加えてトールちゃんたちには、猛反対と激しい説教を喰らいそうである。
 そしてまだ返信の来ない、西尾先輩も恐ろしい。

 ややあって理由を訊いた王子に、俺は「色々と心配してくれる人がいるので」と、ぼかして告げた。トールちゃんの事だと、伝わるだろう。少し卑怯な気もするけど、盾とはこのようにして使うものだと思った。

 王子も噂を知っているみたいだったし、これで諦めてくれないかな。








「春色君はその、……僕のようなタイプは嫌いなのかな」



 ところが王子様の思考回路は、俺みたいな平民とは作りが異なっているようだ。

 予想外の返しに、またもやぱかんと口が開く。

 どうして、そうなんの。


 

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