唐紅に
4
夕陽に照らされて紅く見えていたんじゃないかと思った館林の髪は、蛍光灯の下でもやっぱり紅いままだった。咄嗟に浮かんだのは「トールちゃん、同盟解消されてるよ」って事。
それにしても見事な紅さだと思う。ヒロム君の天然の赤銅なんかじゃなくて、人工的な、鮮やかな緋色である。だから夕陽を受けて、赤銅色に見えたのだろう。
館林は随分ときっついナリをしていた。
まず一重──奥二重? の、キッと吊り上がった眦や酷薄そうな薄い唇が、怒っているようで取っ付き難い。加えてソフトモヒカンだっけ、トップの部分だけ逆立てた紅い髪が炎のようで、顔立ちと相俟って、総合すると「きつい人」という印象になるのだ。
けどそれ以上に、両耳はおろか、眉尻だとか口の端だとかにまで着けられた、大量のピアスがこう……きっつい。
「……えーと、」
無言の館林は俺から視線を逸らさなかった。何かを訴える為ではなく、つぶさに観察している眼差し。
何か会話を、と口を開くけど、なかなか良い話題が浮かばなかった。
左の耳殻に着いた沢山のリングピアスがルーズリーフみたいだな──とは、自分の為にも言っちゃ駄目だろ。うん。
仕方なく、俺は一旦壁に背を預けて、深呼吸をした。
じっと見詰められると落ち着かない。無駄に眼力が強いと思う。グレーのカラコンがハスキー犬みたいで、それが目付きの悪さを増長させていたりするのだから、尚更だ。ムズムズする。威嚇されているんじゃないと解っていても、勝手に無言の圧力を感じてしまう。すっごく居心地が悪い。
「えと。さっきのって何だったんだ? 俺が、ハズレとか何とか」
視線に急かされるようにしてようやく見つけた話題は、コレだった。「同室者としてハズレ」なんて意味じゃないと良いなぁ、なんて。思い出したら、気になったのだ。
「同室は」
館林はややあって、低く呟いた。ざらついた声が、喫煙の常習者だと教える。
「外の奴だって聞いてたのに、慣れてそうだからハズレっつったんだ」
「ああ、そういうこと。……や、待って、それって、」
思っていた意味とは違ってほっとした。が、その勘違いは頂けない。慣れてるって何だ、慣れてるって。自慢じゃないが、こちとら恋愛経験皆無だコノヤロー。
訂正しようとした俺だったが、続く科白に言葉を失った。
「初物だろうと思ったのによ」
……どうしよう、誤解されたままの方が平和かもしれない…。
壁にめりこみたい気分である。
館林が飲み掛けのペットボトルの蓋をキュッと閉めた。次いで腰を上げ、俺の前に立つ。
顎を掬い、わざとらしく近い距離で覗き込まれた。
同じ歳とは思えない色気をだだ漏れにして、館林は殊更ゆっくりと舌なめずりをしてみせた。
「食って欲しいなら、相手してやらねぇ事もないぜ?」
「て、丁重にお断りします」
同室者は嘲笑を浮かべていた。明らかに俺を揶揄っているのだ。だけど身の危険をひしひしと感じるのは、何でだ。
力尽くでお断り、なんてなりませんように。
万が一の為に俺が身構えると、館林はすぐに鼻白んだ顔になった。
乱れていない髪を鬱陶しげに掻き上げ、身体を離す。
「館林…?」
「慣れてる奴は好みじゃねえが、ヤレない相手はもっと興味ねぇよ」
本当に興味を失くしたらしい。元の無表情に戻った館林は、何事もなかったかのように出て行った。
俺の返事など待たず、それどころか“俺”という存在を欠片も意識に入れていない、あっさりとした退場だった。
て……手強すぎるだろ、館林…!
俺はしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。
理一さんの所に行っときゃ良かったと、激しく後悔する。
いくら髪色が似ていたって、あんなに違うのに。どうしてヒロム君だと思っちゃったかなぁ。
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