唐紅に
3
「んだてめえ、ハズレのくせして」
「は、はずれ?」
「誘いに乗ってやったんじゃねぇか。何しやがる」
人の寝込みを襲った不審者は、居丈高に俺を睨みつけた。
「誘ってません、誘ってません」
「はあ? 擦り寄ってきたのは誰だよ」
や、そりゃ俺だけど。
「ちょっと夢だと思ってて…!」
ヒロム君とのハグハグぎゅー、は、挨拶だ。あの人は多分、犬猫や小さい子供に接するのと同じ感覚で、俺に対してハグをする。それを知ってる地元の友人たちからも、多くはないけど挨拶で抱き着かれたりする。ついでに婆ちゃんとか理一さんとかも、未だに挨拶としてハグを強要するクチだ。
いや、今そんなことは置いといて。
紅い髪に、相手をヒロム君だと判断した。俺が抱き着いたのは、要するに、ヒロム君だったからなのだ。でも彼が此処に居るはずがないから、夢だと思った。
だけど夢じゃなくて現実で、客観的に見れば、俺は知らない人に親しげに抱き着く変な奴になっていた、と。
「あー……。あー、その、ごめんなさい」
抱き着かれたからって「誘っている」と解釈する相手も悪いと思うんだけどね。ここは異界だからね。文化もだけど、常識の違いって恐ろしい。
勘違いさせたこっちも悪い、と、俺はソファを盾にしたまま項垂れた。
「…………」
何処の誰だか知らない男は、無言ですいっと立ち上がった。迷いなく冷蔵庫に向かい、見覚えのない水のペットボトルを取り出す。
気不味いやら悔しいやら驚いたやら、綯い交ぜになった状態で動きを追っていた俺は、そこではたと気が付いた。
この人物、勝手にオートロックの寮室に這入って来れたのである。そしてこの態度。
ひょっとしなくても同室者なんじゃ…?
「あ、あの、館林…?」
喉を鳴らして水を飲んでいた男は、ひどく冷めた目で一瞥をくれた。だが否定しないところをみると、同室者で合っているらしい。
「俺、同室の春色と言います。初対面から妙なことして、悪かった」
幾許かでも、仲良くなれる事を期待していた同室者である。だったら先ずは自己紹介だろうと名乗ってみたが、館林からの返事はなかった。
変なヤツ認定されちゃったかなぁ。
誰彼構わずハグしたりしないんだよー。
「……それとですね、さっきの事は、忘れてくれると嬉しいです」
だから警戒しないでね、の、つもりで付け足す。
それが功を奏したのか、館林は大きく引いた椅子に、どっかりと腰を下ろした。
「あ、電気点けるな」
窓から離れた所は、既に薄暗くなっていた。何となく断りを入れてから、ドア横のスイッチを押す。館林は椅子の上に立てた片膝に、頬杖をついて俺を見ていた。
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