唐紅に
災難は続くよ、どこまでも






 六限がLHRに変わったのは、新歓の班割りを決めるクジ引きの為だった。

 西尾先輩が俺を“誘拐”したのが今日だった事や、その後の彼の言い付けなどを踏まえれば、LHRになったと聞いた時に気付くべき事である。
 なのにセンセが強制的に指名した代議員(大層な名だけど、要は学級委員長である)が、クジの入った箱と共に前に立つまで、まったく思い至らなかった。鈍いなぁと、自分の理解の遅さに溜息をひとつ。

 しかし、頭の回転の残念さにヘコむ俺を余所に、クラスメイツは盛り上がっていた。
 生徒会役員や風紀委員と、同じ班になれる可能性がある──その説明は一切なされていないというのに、だ。

 アイドルな刺激物たち以外にも、皆それぞれ近付きになりたい人がいるらしい。
 天に祈ってクジを引く人、誰某と同じ班になりたいと口に出して願う人、それぞれに熱心だった。ちなみに根岸は「美味しい班」、鈴彦は「平和な班」を祈りながら引いていた。……この二人の願いは、ちょっと方向性がズレている。



 クジを引いたら、教室の片隅でノートパソコンを開いているセンセに、自分の番号を報告だ。前に倣って、他に聞こえないよう、自然と小声になる。

 打ち込まれた番号は、そのまま生徒会室で見られる共通のシステムに反映されるそうだ。個人で番号の変更や交換が出来ないようになっているんだとか。詳しい仕組みは解らないけど、パソコンって便利。



「余裕だなぁ」


 西尾先輩のひとつ目の言い付けを守ってぽちぽちメールを打っていたら、根岸から感心された。


「ワクワクもドキドキもないのかよー」

「俺だって、怖い先輩とかいないと良いなーって、ドキドキしてますよ」


 俺は同類の人たちと、地味に交流したかった。本当なら今頃もっと、ドキドキバクバクしてたいたハズ。
 しかし既に俺は、風紀委員の誰かと同じ班になると確定している訳で、否応なしに目立つんだろうな、と、人選に関しては半ば諦めていた。若干のドキドキは、せめて2トップは遠慮したいという──クジとは別の部分でだ。


「でも基本は運任せだしね。人事を尽しようがないしさ、こういうのって、自分のクジ運を信じるしかないでしょ」

「……そうだよね」


 きゅっと手を握り合わせた鈴彦の顔は、薄らと青褪めていた。


「んああ、でも俺、春色にも美味しい班に当たって欲しい…!」


 だってネタになる! なんて力む根岸の椅子を一蹴りして、先輩に送信。即座に返ってきたメールには『了解。教室の中、ウザイだろ』と書かれていた。

 うーん、どうだろ。
 室内に目を走らせる。

 盛り上がってはいるけど、センセの目があるからか、バカ騒ぎには至っていなかった。それに、トールちゃんを含む一部の人間は、とても淡々としていた。
 隣の金髪なんて、一番手でクジを引いて以降、ずっと机に臥せっている。

 俺や根岸に絡む事もなく俯せた彼は、具合が悪いようにも、拗ねているようにも見えるので、俺たちは放っていた。

 隣の態度は例外としても、まだ教室の中をウザイとは思わなかった。
 生徒会云々を持ち出して騒がしくなるのを見越したセンセが、それを嫌って、わざと伏せたままクジ引きをさせたんじゃないだろうか。

 実際はどうだか知らないけど、素敵判断です、センセ。






 お貴族サマも班割りに組み込まれる。それが告げられたのはLHRから引き続きの終礼で、だった。


「月曜の全校集会は、生徒会役員たちの班決め抽選を行う」


 センセが終礼をそう締め括った途端にあちこちで奇声が上がる。日頃大人しい部類だと思っていた人までが、雄叫びを上げる喜びようだった。

 けど後はもう、解散するばかりである。騒ぎは一瞬で済んだ。多分センセは確信犯だ。

 煩そうに眉間を寄せ、固く目を瞑ったセンセを後目に、より大きな興奮を抱いたクラスメイツが三々五々に散って行った。何故これしきの事で騒げるのか、俺には不思議で堪らなかった。
 可能性があると言うだけで、まだ同じ班になった訳でもないのになぁ。お貴族サマ効果は強烈って事?

 根岸も(こちらは些か異なる理由で)興奮しきった表情で「部室に行ってくる!」と、俺たちが止める間もなく走って行った。

 溜息を吐きつつセンセも教室から出て行って、三人だけがぽつんと残される。



 俺たちも帰るか。

 けど金髪は、声を掛けても微動だにしなかった。





「うあ、狡い」

「用意周到というか、これは腹立つな…」


 熟睡するトールちゃんに、思わず鈴彦と顔を見合わせる。こっちは瞬間的な爆音で耳がキーンとしてるってのに。

 そんなに体調が……と、多少心配していた金髪の耳には、しっかりと耳栓が捩じ込まれていた。












 ……あ。

 センセにマスコットを返して貰ってないや。



 気付いたのは、レンガ道の途中でだった。





 

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あきゅろす。
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