唐紅に
なんかヘン





 ずっと早足だったセンセは、教室棟の手前でようやく歩を緩めた。ついでにいつの間にか腰に回っていた手も外される。


「あー、クソ、あいつにまた借りが出来た」

「? 何ですか?」

「……何でもない。それより、どうした?」


 何事かを呟いたはずのセンセは、話を逸らすように俺の左手を指した。


「あぁ。えーと、マスコット? です」


 先輩方に挟まれた状態で、無意識に握り締めていたらしい。
 掌を開いて見せると、センセはどこか間抜けな風貌のそれを、指先で摘み上げた。


「何だ、このケッタイな物体は」


 四方八方から食い入るようにマスコットを眺めるエリートサラリーマン。何かシュールだな。ちょっと笑いそうになるのを我慢して、俺は返して貰おうと掌を上に上げる。


「正解は会長にお願いします」

「……野上に?」

「くれた本人なんで」

「ふぅん」


 が、マスコットはそのまま、一瞬動きを止めたセンセの背広に仕舞い込まれてしまった。


「え、ちょ、センセ?」


 ええー…。

 特別欲しくて貰った物ではないけれど、プレゼントされたその日に没収された、なんて、幾らなんでも会長に悪い。


「あの、返して…」

「もう予鈴が鳴るな。急ぐぞ」


 俺の言葉を遮って、センセは歩き出した。早くしろと言わんばかりに、ぐいぐいと背中を押される。これって返してもらえない感じ? や、放課後には返ってくるよな?



 教室での顔になったセンセには、これ以上言っても無駄だろう。後でもう一回、交渉しないと。終礼の後すぐにセンセを捕まえて…。

 返却の算段を立てる俺を見て、物凄く小さな声で「ムカツク」と言ったセンセは、大人気がないと思う。











 先に行け、というセンセの心遣いで、本鈴前に一足早く教室に入った俺は、不吉な感じに目を輝かせた根岸と、そんな根岸に苦笑しながらも俺の心配をする鈴彦に迎えられた。


「あれ? トールちゃんは?」


 こういう時、真っ先に来そうな金髪が居ない。
 何となく「もぉコタってば何しちゃったのー?」なんて言うトールちゃんの姿を予想してただけに、ちょっと拍子抜けした。


「えっ、春色と一緒じゃなかったのか? 俺はてっきりお迎えデートコースだと…」

「鈴彦。トールちゃんは?」

「無視はやめて!」

「斗織君なら…」

「えええ鈴姫まで!?」

「やーんっ」


 鈴彦の声と被って、能天気に弾んだ声が上がった。同時に、背中に衝撃がくる。


「コタってばパパがいなくて寂しかったんでしょお! かっわいーい」

「全否定したいけど、取り敢えずただいま。んで、おかえり」

「はぁい。おかえり、ただいまー。コタ、ニッシーに怖いことされなかった? だいじょーぶ? オレ? ……うふふー、オレはねぇ、ちょーっとお花を摘みに行ってましたあ」


 妙な言い回しで自己申告をくれたトールちゃんは、ごりごりと首筋に額を擦り付けてから自分も席に着く。



 花摘みに、って、トイレ行ってたって事だよな。でもこれ、女の人の言い方じゃなかったっけ? いや、トールちゃんだし、アリなのか…?


「えーと。腹の調子でも悪い?」

「どして? オレ、元気よん?」

「…………そ?」


 トールちゃんは大袈裟に目を見開いて、いつも通りにへらりと笑った。



 んー…。僅かだけど、横顔が強張っている気がした、のになぁ…。



 まぁ本当に腹をくだしてたとしても、こんな所で触れられたくないか。



「そういやさ、次ってロングになったの? 俺、さっき知ったんだよね」

「コタ、朝はぼんやりしてたもんねぇ」

「あ、やっぱ朝礼で連絡あったんだ」



 まぁ体調が辛くなったら本人から言うだろうと話を切り替え、俺たちは本鈴を待った。


 

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