唐紅に
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「おまえたち、油を売っている暇があるのか?」


 カツンと靴底を鳴らして傍に立ったセンセは、呆れを隠さずに先輩たちを眺めた。視線は俺の遥か上空である。


「センセ、こんちは」


 間に埋もれていた俺を認めて、センセが片眉を引き上げた。


「雁首揃えて……本当に、何をしているんだ」


 嘆息したセンセに、すっかり毒気を抜かれた上級生たちは、どことなく気不味げに俺を見下ろした。


「話をしていただけですよ。勧誘も兼ねて」


 会長の言葉に安芸先輩が小さく首を振った。賛同した俺を、会長が軽く睨む。が、センセはそれらを綺麗に受け流し、無造作に彼らの手首を捻った。その僅かな動きひとつで、俺は解放された。解放されてしまった。





 ……あれだけ苦労しても外れなかった腕が、いとも簡単に剥がれたのだ。その時受けた俺の衝撃は、察して貰えるだろうか。

 コツ? 体力? 何なの?

 非力な自覚はあったけど、こんなあっさりと…!



 少しは筋肉をつけたら対抗出来るようになるのか、それとも護身術みたいなものを会得しないと無理なのか。助けてもらっておいて言うことじゃないんだけど、これには悔しさを覚えた。


「感心せんな。もう次の時間が始まる。特権持ちの都合に一般生徒を付き合わせるんじゃない。支倉おまえもだ。申請は受けているが、これはどう見ても『業務外』だろう」

「送って行く、途中です」

「だったらこんな所で足を止めるな。おまえら目立つんだよ」


 明芳に入学してからこっち、やけに男のプライドを刺激される状況が多いのは何故だ。
 俺は標準だし、一般的。言い聞かせても湧き上がる、そこはかとない悔しさで一杯になる。

 あぁ、もう、センセに弟子入りしてやろうかな。



「おい。戻って来い」


 詮無き事を考えていたら、ぐらりと身体が傾ぎ、センセの含み笑いが頭上で聞こえた。
 いつの間にやら身体は反転し、ぽかんとした先輩と会長に向き合っていた。肩を抱き寄せてるのは、センセか。


「あー、ただいま戻りました。つー訳で、も、支えてくれなくてオッケーです」

「支えてない。拠って、このままな」

「いやだからセンセ、俺に介護は無理なんで」

「安心しろ、俺はまだ介護を必要としていない」


 渾身の力で脇腹を押しても、にやにや笑うセンセは少しも離れなかった。何このデジャヴ。
 やっぱセンセに弟子入りなんて却下だ。ちょっと今、イラッてした。


「……錯覚か…? ……不気味過ぎる…」

「春色、蹴って良し」


 寧ろ踏み潰せ、と目で訴える安芸先輩と、言い難い顔になった会長に、センセはふっと鼻先で笑った。


「紅太、帰るぞ。サボリを覚えようなんざ百年早い」

「奇遇ですね。俺もおサボリする度胸はないなぁって思ってたところです。それはそうと、何でセンセと?」


 今日の六限は現国じゃない。
 この人も俺をどっかに攫う気か、と警戒したのだが、センセは逆に不思議そうに「次はロングに変わっただろう」と告げた。


「朝礼で言ったんだがな」


 ちゃんと聞いておけ、なんて苦笑して、彼は俺の肩抱えて歩き出した。

 背後で先輩たちが引き止めようとしていたけど、ずんずん、ずんずん、構わずに、だ。



 俺は小走りで、それでも時々よろけそうになる。
 紳士じゃないセンセは珍しい。でも時間もないし、助かったしと、ひたすら足を動かした。


 

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