唐紅に
4
「おまえたち、油を売っている暇があるのか?」
カツンと靴底を鳴らして傍に立ったセンセは、呆れを隠さずに先輩たちを眺めた。視線は俺の遥か上空である。
「センセ、こんちは」
間に埋もれていた俺を認めて、センセが片眉を引き上げた。
「雁首揃えて……本当に、何をしているんだ」
嘆息したセンセに、すっかり毒気を抜かれた上級生たちは、どことなく気不味げに俺を見下ろした。
「話をしていただけですよ。勧誘も兼ねて」
会長の言葉に安芸先輩が小さく首を振った。賛同した俺を、会長が軽く睨む。が、センセはそれらを綺麗に受け流し、無造作に彼らの手首を捻った。その僅かな動きひとつで、俺は解放された。解放されてしまった。
……あれだけ苦労しても外れなかった腕が、いとも簡単に剥がれたのだ。その時受けた俺の衝撃は、察して貰えるだろうか。
コツ? 体力? 何なの?
非力な自覚はあったけど、こんなあっさりと…!
少しは筋肉をつけたら対抗出来るようになるのか、それとも護身術みたいなものを会得しないと無理なのか。助けてもらっておいて言うことじゃないんだけど、これには悔しさを覚えた。
「感心せんな。もう次の時間が始まる。特権持ちの都合に一般生徒を付き合わせるんじゃない。支倉おまえもだ。申請は受けているが、これはどう見ても『業務外』だろう」
「送って行く、途中です」
「だったらこんな所で足を止めるな。おまえら目立つんだよ」
明芳に入学してからこっち、やけに男のプライドを刺激される状況が多いのは何故だ。
俺は標準だし、一般的。言い聞かせても湧き上がる、そこはかとない悔しさで一杯になる。
あぁ、もう、センセに弟子入りしてやろうかな。
「おい。戻って来い」
詮無き事を考えていたら、ぐらりと身体が傾ぎ、センセの含み笑いが頭上で聞こえた。
いつの間にやら身体は反転し、ぽかんとした先輩と会長に向き合っていた。肩を抱き寄せてるのは、センセか。
「あー、ただいま戻りました。つー訳で、も、支えてくれなくてオッケーです」
「支えてない。拠って、このままな」
「いやだからセンセ、俺に介護は無理なんで」
「安心しろ、俺はまだ介護を必要としていない」
渾身の力で脇腹を押しても、にやにや笑うセンセは少しも離れなかった。何このデジャヴ。
やっぱセンセに弟子入りなんて却下だ。ちょっと今、イラッてした。
「……錯覚か…? ……不気味過ぎる…」
「春色、蹴って良し」
寧ろ踏み潰せ、と目で訴える安芸先輩と、言い難い顔になった会長に、センセはふっと鼻先で笑った。
「紅太、帰るぞ。サボリを覚えようなんざ百年早い」
「奇遇ですね。俺もおサボリする度胸はないなぁって思ってたところです。それはそうと、何でセンセと?」
今日の六限は現国じゃない。
この人も俺をどっかに攫う気か、と警戒したのだが、センセは逆に不思議そうに「次はロングに変わっただろう」と告げた。
「朝礼で言ったんだがな」
ちゃんと聞いておけ、なんて苦笑して、彼は俺の肩抱えて歩き出した。
背後で先輩たちが引き止めようとしていたけど、ずんずん、ずんずん、構わずに、だ。
俺は小走りで、それでも時々よろけそうになる。
紳士じゃないセンセは珍しい。でも時間もないし、助かったしと、ひたすら足を動かした。
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