唐紅に
3


 先輩は別に、会長と不仲ではないと思う。マイペースな会長に呆れてはいたけど、態度はいたって普通だった。

 先輩の先輩に当たる会長に口調を改めないのも、ある程度の気安さがあるからだろう。や、単に安芸先輩が敬語を使わない人って可能性もあるけど。

 でも、少なくともこんな風に──怒った時の西尾先輩以上に──雰囲気を尖らせる気配は、さっきまでまったくなかった。

 何を言ったんだ、会長。

 ちら、と両者に目を走らせる。
 怒気を真っ向から受ける会長は、しかし臆した様子はない。不機嫌を装って眉間を寄せていたが、寧ろ楽しげでさえあった。


「大当たり、だろう?」

「春色、行こう。次の時間に遅れる」

「無駄に威嚇すんなよ。チビが怯えてるぞ」


 揶揄うように続ける会長を無視して、先輩が腕を引いた。さっさと教室に戻りたい俺は、全面的に安芸先輩の意見に賛成である。なのに会長は、どうあっても行かせる気がないらしい。反対側からより強く、俺の腕を握り直した。


「なぁチビ、この俺が頼んでいるんだ。一緒に来るよな?」

「む、無理です」

「何でだよ」


 見下ろしてくる会長と目を合わせないようにして、必死に首を振った。“餌”とか“犠牲”とか、怖い事を言ってた人について行くと思う方がどうかしている。
 それに俺は、どれだけ手伝えるのかは別にして、忙しいと解りきっている中に、見返りもなく飛び込んで行くほどボランティア精神に富んでいる訳でもないのだ。



「……生徒会の手伝いをやった、その経験は内申に結構な加点がされるぞ」

「え? 一回だけでも?」


 勿論。と。会長は頷いた。
 俺の気持ちが読めた──なんて事はないだろうけど。大学は推薦で。真剣にそう考えている俺に、なんて魅力的な誘い文句。

 あれ、でも、大学入試に必要な内申って2年の後期からの分だっけ?
 いや、でも今のうちから点数を稼いでおくのは悪い事じゃないような……。



「春色、」


 ぐらつき、ちょっとだけなら手伝いも、などと考える俺を、安芸先輩が呼んだ。


「西尾」

「……あ」


 そうだ。そうだった。

 たった一言でも存在感のある名前に、我に返った。
 このまま会長について行ったりしたら、西尾先輩の言い付けを破ることになるかもしれない。いや、きっとなる。


「何だ、あのイカレた男がどうした?」

「や、どうにも。それより会長、俺、やっぱり教室帰ります」


 意味がわからないと顔に書き付けた会長にぺこりと頭を下げる。それでも手を離そうとしない彼に、安芸先輩が剣呑な気配を強くした。


「……野上、いい加減にしろ。これ以上足止めするなら、此方も権限を使うぞ」


 権限、の言葉にピクリと反応した会長は、そこで初めて、本当に不機嫌になった。



 ……ううん、俺にはこの人たちの怒りのポイントがさっぱり解らない。

 気持ち的に頭を抱えた俺に気付かず、彼らはがっつり睨み合う。


「風紀の。おまえに行動を制限される謂れはないんだが?」

「そちらこそ。忙しいなら一秒でも早く、執務室に戻れば良い」

「邪魔をしているのはおまえだ」


 一人が吠えれば、もう一人も威嚇するように唸る。
 なまじ顔の整った美丈夫が二人、お互いへの敵意を露わに向き合う様は、ただひたすらにおっかない。叶う事なら今すぐに、尻尾を巻いて逃げ出したいのだけれど、両側からしっかと腕を掴まれていれば、それも出来る訳がなく。

 俺は宇宙人チックな体勢のまま、溜息しか出せなくなる。

 火花を散らす二人に、このままじゃ俺が六限に間に合わないだとか、そんな配慮は頭から吹き飛んでいると解る。解るけど、敢えて言いたい。



「この人たちに“俺を解放する”って選択肢はないのかなぁ…」



 まぁ、声に出したところで気付いて貰えないんだけどね。












 持ち上げられた腕に疲れを感じるくらい長く、膠着状態は続いた。


「そこで何をしている」


 それを破ったのは、我がクラスの担任様である。

 天の助け…!

 センセは人気のない廊下に靴音を響かせて、呆れた面持ちで此方へと向かって来ていた。


 

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あきゅろす。
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