唐紅に
2


 会長は片手をポケットに突っ込んで、ふらふら此方へと寄った。安芸先輩が一歩出て、俺を庇うように半身で立つ。警戒している感じはなく、癖になっているような動きだった。映画で見るSPみたいだな、と思う。


「ぶつけられて慌てるチビが見たかったのに」


 傍まで来た会長は、至極残念そうに俺を見下ろして呟いた。


「……あー…、チビって、」

「おまえだろ。不服なら豆狸でも良いぞ」


 相変わらずよく解らないものに俺を譬えて、会長は安芸先輩の左手を指した。


「まぁおまえの呼び方なんてのは、どうでもいいんだよ。早くそれを受け取れ」

「それ?」

「ん」


 安芸先輩が翳していた掌を開いて、中のものを俺に落とした。

 タヌキの顔をした、イタチのような胴体のマスコットがついたキーホルダーが、ころんと手の中で転がる。


「俺の気に入りだが、おまえに似ているからな。やる。先日の礼だ」

「……はぁ。……どうも…?」


 会長って、こういう可愛いものが好きなんだ…。外見からは想像出来ないよなぁ。

 無意識に、手の中のタヌキと目の前の男前を見比べていた。安芸先輩も呆れた目を会長に向けている。


「これだけの為に徘徊していたのか…」

「徘徊言うな。俺にそんな暇がある訳ないだろう。書類出した帰りだ」

「会長が、自ら?」


 安芸先輩の訝しむ声に、会長は深く嘆息した。


「小森が逃げたからな。動ける奴がいないんだよ。自分の分が終わったなら他を手伝えってんだ」


 苛立たしげに零した会長は、確かに先日よりも隈を濃くしていた。

 新歓が近いのだ。行事を取り仕切っている生徒会には、やらなくてはならない仕事が沢山あるのだろう。例年にない行事も増えちゃった訳だし。

 寝る間もないくらい忙しいのかな。
 目の下が、化粧したみたいにはっきりと色が変わっているものだから、他人事ながら、倒れないのだろうかと心配になった。


「だからチビ、おまえ、犠牲になれ」


 心配したところで、俺に何が出来るって訳でもない。けど……と、思った直後、会長がガシッと腕を掴んだ。それを安芸先輩が反射的に叩き落す。会長はすかさず反対の手で俺を捕まえると、自分の背中に隠そうとした。が、同時に安芸先輩が俺の空いた腕を掴み、自分の方へと引っ張る。

 お蔭で俺は、一瞬にして二人の間に嵌りこんだ状態になった。



 えー。何でこうなるの…。



 コツがあるのか、掴まれた腕は、振り払おうとしても微動だにしない。一歩間違えれば、某機関の人間に連行される宇宙人のような、宙吊り寸前の格好だ。


「放せ。新入生を巻き込もうとするな」


 いつにない素早い動きを見せながら、安芸先輩はいつも通り気怠げな口調で言った。会長が面倒臭そうに自分の首を揉む。


「残念だな。今は、使えるもんは何だって使いたい気分なんだよ。チビは2組入りしたんだろ? その頭がありゃ手伝いも期待出来る」


 何で会長が俺のクラスを知ってるんだ、というのは、愚問なんだろうか。安芸先輩もその点に触れることなく、ゆるりと頭を振った。


「補佐が必要なら、正式に申請することだ」

「補佐なんか要るか。チビは餌だ」


 言い切った会長は、にやり、と、人の悪い笑みを浮かべて、安芸先輩に顔を寄せた。二言、三言、耳元で囁く。すると、それまでどちらかといえば緩い空気を醸し出していた先輩が、スッと雰囲気を変えた。

 さすがは風紀委員長──あの西尾先輩たちの上に立つ人物──と、納得の鋭さと激しさだ。友人たちが偶に纏う、殺気立った気配と似たものを安芸先輩から感じて、俺は無意識に身を縮めていた。

 何を言ったか言われたか、まったく想像がつかない。だけど安芸先輩の認識を改めなきゃ、と思った程の変貌だった。


 

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あきゅろす。
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