唐紅に
スイッチ
一時的にカオスと化した風紀室で、西尾先輩だけはマイペースだった。気が済むまで笑い転げたら、あとはサクサクと要件を纏め俺に言い渡した。カオスを引き起こした原因はこの件に関して西尾先輩に一任しているらしく、他の委員たちの生温かい視線を浴びながら黙然と座っていた。
解放されたのは五限半ばである。
拉致同然に連れてこられた俺の案内に、安芸先輩が途中まで同道する事になった。
「お兄ちゃんだもんな」と周りがけしかけての案内人だったので、素直にお願いしづらかったのだけれど、本人も意外に乗り気になっていたらしい。無表情なのにやけにワクワクしているのが感じられて、俺も風紀の人たちも苦笑した。
静かな廊下を並んで歩く。
風紀室は教科準備室や職員室と同じ棟にある。学年棟から離れた此処は、授業中という事を差し引いても、人の気配が遠かった。出る直前まで、ビックリの連続で賑やかだった、風紀室とはまったく違う。
「すまん」
落差が可笑しくて笑う俺を、不思議そうに見下ろし、安芸先輩が小さく頭を下げた。
「……春色には、迷惑を掛けてばかりだ」
「へ? いえいえ、そんなことないですよ」
「だが俺は、西尾を止めきれていないだろう」
「や、西尾先輩にも理由があったって解りましたから。気にしないで下さい」
再度頭を下げようとする安芸先輩を慌てて止める。
安芸先輩は勿論、西尾先輩だって迷惑と感じた事はなかった。そりゃ毎回驚かされるし、振り回されてるなぁとは思うけど。困るくらいの勢いは、あり過ぎる正義感がそうさせるのだ、と、見えてしまう。……憎めない人である。
俺はそんな西尾先輩が嫌いじゃなかった。
怖くて騒がしくて優しい、馴染みの面々を彷彿とさせる、風紀委員のメンバーも。
優しいといえば、こうして気を回してくれる、安芸先輩も随分と優しい人だ。言葉数は多くないけど、この人の近くはトールちゃんたちとはまた違う、居心地の良さがあった。
「俺、先輩たちの事、好きですよ」
本心からの言葉だと伝わるように、左隣を歩く安芸先輩を見上げた。安芸先輩はきゅっと目許に力を入れて俺を見返す。
「この先、春色にはもっと、……っ!」
言い差して、安芸先輩は後ろを振り返った。同時に素早く動いた左手が、空中で何かを掴んでいた。
「おい、風紀の。そいつはチビのだ」
「危ない。投げるな」
振り返った先には、教室ひとつ分ほどの距離を置いて、野上会長が立っていた。
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